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今夜の番組チェック


◎続・長野見仏/心のリハビリ温泉ツアー
長野県/松代〜湯田中渋温泉〜善光寺

(1998.3/27〜29)


INDEX
●序
●松代、その奥深き世界/清水寺&象山地下豪
●“苦”を癒す湯の街/湯田中渋温泉・金具屋


●序
 ここのところハードワークが続いていたため、私は心身ともに疲れきっていた。そこで温泉旅行である。旅の友は仏友のヒロ。いとう氏&みうら氏の見仏ツアー以来、すっかり見仏癖がついてしまった二人組である。
 行き先は、これまで二人とも行ったことがないところにしよう、というわけで長野県の湯田中温泉に決めた。宿は露天風呂のある純和風旅館に的を絞り、湯田中渋温泉の「歴史の宿・金具屋」に決めた。行程は金曜の深夜バスでまず松代に向かい、寺巡りなどをした後、温泉地に向かう。宿で温泉三昧して1泊し、午後は善光寺に行ってから列車で帰る……というもの。プランニングおよび添乗員は私である。


●松代、その奥深き世界/清水寺&象山地下豪

 行きのバスではほとんど眠れず寝不足のまま須坂で降りた我々は、列車を乗り継いで松代へと向かう。去年私が一人で行ったコースを、仏友とともに極めようという試みであった。しかし土曜の朝とはいえまだ7時前後なので、街には人の姿がほとんどない。主だったお寺を数ヵ所巡り、真田邸と宝物館を見ても、まだお昼であった。
 真田邸の近くの飲食店で“山いもラーメン”なるものを食べたが、これがけっこううまかった。満足して今後のスケジュールを話し合うが、すぐに旅館へ向かってもチェックインにはまだ早い。そこで、去年は時間がなくて行けなかった清水寺へ行こうと提案。寺まで観光地図ではわりと近そうだったが、店のおじさんにどのぐらいかかるか尋ねると、やはりタクシーかレンタサイクルがおすすめとのことだった。おじさんは地図を示しながら、「帰りにはこの“象山地下豪”に行くといいよ。無料で入れてね、最近観光の人達がよく来てるよ」と教えてくれた。
 駅前のレンタサイクルでのんびり散策しようと思ったが、まだ貸出しシーズンではないとのことでタクシーで清水寺へ。だが、失敗であった。わざわざ遠くまで来たのに、本堂が開いてなかったのである。そういえば観光地図に“要事前連絡”とあったっけ。平安時代に作られた千手観音や観音菩薩などの重要文化財仏が多数あるとのことだったが、残念である。表に立っていたブロンズの観音像をしばし眺めて去る。
 仕方がないので帰りは歩きがてら、ラーメン屋のおじさんに教えてもらった地下豪へ行く。入口には小学生たちの団体がいて、なんだか賑わっていた。受付でヘルメットが必要かどうか聞かれたが、断わって私たちはろくに説明看板も見ずに豪の中へ足を踏み入れてしまった。しかし、甘かった……。鍾乳洞のようなものかと勝手に思っていたのだが、まったく違った。入口は湿り気のある岩場だったものの、最初の曲がり角を曲がると、そこには直線的な埃っぽい通路が続いていた。壁際に沿った灯りがなければ、完璧な闇の世界だった。私はこの時点でけっこういやーな感じがしたのだが、戻ってくる人達もけっこういるし、努めて明るい雰囲気で進むことに。あんなにさっき子どもたちが入って行ったはずなのに、静かである。
 鍾乳洞のように入り組んだ通路は距離をあまり感じないが、ひたすら直線の暗い通路というのは、長く感じる。すると、かなり前方を髪の長い女の人が一人で歩いている。勇気あるなあ、と思いながら進んでいると、向こうも歩みをゆるめ、どうやら私たちを待っている雰囲気だ。挨拶して話をしてみると、やはり一人で入ったものの恐くなってきてたとのこと。そこで3人連れだって進む。延々と続くかと思えた通路だったが、前方に外界の光が見えて少しほっとする。しかしそちらは行き止まりなので、別の方向へ。また延々と続いたそちらの通路も結局行き止まりで、同じ通路を折り返して出口へ向かう。外に出れた時は心底ほっとした。1〜2キロはあったと思う。
 出てから看板をよく読んで分かったのだが、やはりこの地下豪ではかなりの人達が亡くなっていたらしい。途中からヒロも私もなんとなくそう思っていたのだが、ここで口にしてはいかん! という気がして歩いていたのであった。しかも説明書きを読んでみると、この地下豪が公になったのはここ数年のことだが、実は太平洋戦争の本土決戦時に備え軍が秘密裏に計画したものであるとのこと。また、豪内で多数の人間が生活を送れるよう設計された大がかりなもので、天皇の非難所としても考慮されていたらしい。敗戦となったため、未完成のまま一般には公開されずにきたようだ。そして豪を掘るために働いていたのは、朝鮮の人達がほとんどだという。工事中には落石事故で多数の犠牲者が出たほか、自殺などもあり……などと、さっき豪に入ってきた者が身震いするようなことが書いてあるではないか。そんな所と知ってれば、入らなければよかった。でも、こういう所があるのだということはもっと多くの人に知ってもらうべきだと思う。その日は外国人の観光客がけっこういて、熱心に英語の説明書きを読んでいた。他のところでも外国人観光客は多かったが、長野オリンピックのおかげで外国の人に対して長野県の知名度があがったのだろう。
 さて、気を取り直してのどかな山あいの風景のなかを駅に向かって歩く二人だった。


●“苦”を癒す湯の街/湯田中渋温泉・金具屋
 長野電鉄の湯田中駅で降り、渋温泉まで歩く。途中で御丈25メートルの巨大仏があったので、半日歩き通しで疲れていたがしばし見仏。ただでさえ大きいのに小高い丘の上にたっており、まるで大魔神のようである。太平洋戦争の戦火を免れたとのことで、平和の象徴としての「世界平和聖観世音菩薩」という名であるらしい。足元から見上げると圧倒される大きさだったが、平和を見守る菩薩らしく、表情はいたって穏やかであった。
 早朝から行動していたためスケジュールの充実度に比べて時が経つのが遅く、チェックインの3時少し過ぎまで時間調整しながら温泉街を歩く。「長野オリンピックのあのジャンプ台が見える!」とヒロが大騒ぎしていたが、オリンピック期間仕事が忙しく、テレビをほとんど観る時間も気力もなかった私には感動は薄かった。そうか、少し前はここは大賑わいだったんだろうな。そのうちとりあえず時間がきたので旅館へ。
 いやあ、「歴史の宿・金具屋」は、その名に相応しい宿でありました。なんでも江戸時代はまさに金物屋だったらしいが、敷地内に温泉が湧出したため職を変えたという話だ。以来240年間の歴史があるという。私たちの部屋がある建物はどうやら旧館らしく、欄干なども木製で、情緒のある木造建築である。通路には金具屋時代の天秤や鋳物などもあり、歴史を感じさせる。
 そしてなんといっても温泉は、源泉が4つで、内湯は8つもあるというではないか。館内を喜び勇んで探検して風呂をチェックした我々は、夕食までにまず4つ制覇した。露天や大浴場のほかに、2人も入ればいっぱいになる小さめの貸切風呂がいくつかあり、鍵をかけて入るようになっているので順番争いはタイミングが問題だった。ひとつがふさがっていると、空いている次の風呂を探して館内を駆けずり回る。岩窟風呂、木曽の名木で作られた湯船の風呂、打たせ湯付き風呂、浅間岩造りの風呂を巡った。館内は、増改築を繰り返したためか回廊が複雑で、うっかりすると迷ってしまいそうだった。
 湯あたりぎみになり部屋に落ち着くと、夕食まですることもなかった。残りの風呂は夕食後に入ることにして、浴衣姿で散歩に出る。渋温泉には9つの共同浴場があり、全部まわると“苦(九)労を癒せる”という。本当はこの湯めぐりもしてみたかったのだが、たった1泊では茹でタコになってしまいそうだったので、あきらめることにした。下駄ばきの足元が滑らないよう石段をおそるおそる上り下りし、神社などをぶらぶら見て、夕食に向けて小腹がすくよう歩き回った。
 しかし、その後私たちを待っていた夕食の宴は、1泊2食で1万8000円でも申し訳ないくらいのものだった。卓にずらりと並んだ小鉢料理やなにやらのほか、まるでフルコースのように次から次へと皿が運ばれてくる。刺身のイカだけはゴムみたいでどうもいまひとつだったが、全体的に味付けはあっさりめだし美味しいので、出されるものすべて食べてしまうが、さすがに途中から苦しくなってきた。しかし、蕎麦好きの私としては、小鉢に盛られた蕎麦はなんとしても食べたい。すると更に揚げたての山菜天ぷらが運ばれてくる。苦しい。でも食べたい。まるで苦行のようだった。私の前世は餓鬼だったのかもしれない。やがてお味噌汁が出てきて、本当はこれにご飯が付くらしかったが、さすがに辞退する。そのうえ更に、デザートのアイスクリームが出てきたときはのけぞってしまった。これもさすがに一口しか食べれなかった。
 満腹という状態をはるかに過ぎた、妊婦のような腹をさすりながら部屋へ。落ち着いたらまた風呂に入るつもりだったが、テレビを観ているうちに眠くなってきてしまった。考えてみたら昨日はほとんど寝ていなかったし、1日歩いてばかりいたのだから眠くなって当然である。私たちは本能に逆らわないことにして灯りを消し、9時になるかならないかのうちに熟睡してしまった。
 さて翌日。というか早朝。4時ごろから目が覚めていた私はまず、お気に入りの岩窟風呂へひと風呂浴びに行った。ヒロが目覚めてから二人で露天風呂へも行く。せっかく露天のある旅館にしたのだから、これは外せないのだ。お湯が熱めなので、外気が少しぐらい冷たくても心地よかった。さらに続けて、昨日入り損ねた“鎌倉風呂”へ。その旅館内では最も古い風呂であるらしく、浴室の造りにも年代が感じられる。ひょうたん形の浴槽に身を沈めると、湯の花がふわふわと浮いている。日本に生まれてきて本当によかったと感じるのはこんなひとときである。

 宿をチェックアウトしてからは長野駅まで出て、帰りの時間まで善光寺周辺を見て回った。しかし、私が去年来た時は7年に1度の御開帳だったので周辺の寺も仏像を公開していたが、その日は普通の日なので仏像はほとんど公開されていなかった。善光寺が初めてのヒロは少し残念そうだった。本堂の地下に下り、“極楽の錠前”に触れるという『戒壇めぐり』をヒロがやりたがっていた。私は去年やったので「一人で行ってきなよ」というと、「えー、一人じゃつまらないなあ。じゃあいいや」と渋るので、おつきあいすることにした。おかげで2年連続して極楽の錠前に触れてしまった。なんかいいことあるだろうか、98年。
 極楽から現世に舞い戻り、ふと思い立って絵馬を買う。実はこの時、みうら氏&いとう氏のスライドショーの“バカ絵馬シリーズ”に登場する絵馬にも匹敵しそうなことを書いてしまった。内容は秘密。みうら氏に発見されないことを祈るばかりである。


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