1999
●春はあけぼの
春はあけぼの、チャラの新譜を聴きながら始まる1日。椎名林檎も最近のお気に入りで、ついつい新譜を買ってしまいましたが、あれはどちらかというと夜にお似合いなアルバムという気がします。
さてこの一文は、項目上は3月に分類されてはおりますが、実はもうすっかり4月です。まあそこのところ、どうかお気になさらずに。人にはそれぞれ事情というものがあるのです(言い訳)。トップページでも何度か愚痴ってましたが、3月の私はただひたすら仕事一途の日々でして、半ば女を捨てていたような気がします。まあもともと女女してないとは思いますが。しかしまったく私生活がなかったかというとそこは人間ですから、遊んでいなかったなりにも思うことはいろいろあるわけで。第4週目あたりからはようやく多少夜にくつろぐ時間持てたり、週末には今月初のビデオ鑑賞したりとか(LAコンフィデンシャルとポネット)。まあ今年になってからわりとだらけておりましたから、ハードだった3月はいい意味でカンフル剤になったかなあ。(4/2up)そこで、今月はだらだらと一気に「日記的月記」をのちほどだーーーっと書いてみようと思います。もちろん(?)計画倒れになる可能性もなきにしもあらずですが、どうか温かい目で見守ってください。いつまでも書かれてなかったら、どしどしおしかりくだされ。
(予定項目)
●花の名前(ウメとサクラ)
●本屋の常連
●今月の通勤読書
●梁山泊/スペースシャワーTV新番組観覧
(無意味な前振り)
恐ろしいことに、先日ここを久しぶりに更新した日のアクセス数がいつもより増えておりました。出かける前にあわててUPしたので誤字などあり、大変失礼をばいたしました。
ところで、ホームページを始めて数ヵ月して分かったのですが、定期的に読んでくれている方の大多数はどうやら身近な友人ではない方々のようなのです。というか、もしかしてメールとかはやりとりしたことあるかもしれませんが、お目にかかったことのない方。開設当初は友人やFDI電脳部隊も「見たよー」といってはくれていましたが、その後など書いた話をしてみると、内容を知らない。まあ別にいいんですが、じゃあこのアクセス数はどこから? と常々不思議に思っていました。でもまあ自分も見たページすべての相手にメールを出す訳ではないので、ここのところはあまり深く気にしてはいませんでした。相変わらず内容もゴーイングマイウェイだし。しかし、アクセス数のデータを見ると、更新していないのにアクセスしてくれる方々が日々いらっしゃるようです。新規のお客さんもいるとは思いますが。
(ここで私信:以前メールを下さったkumiさん、お返事を出したのですが何度やっても戻ってきてしまいます。アドレスは間違っていないはずなのですが、理由にお心当たりありましたらお知らせいただければ幸いです)
また、最近私のリンクページにも載っている宮沢章夫さんのところで、自分のページをリンクしてくれたページのリンクをしてくださったので、そこ経由の人もいると思います。そんな方々に支えられ、このページは存在しています。更新できない期間の「励ましボタンプッシュ」には涙ちょちょぎれました。今後ご感想など送っていただけるとさらに調子に乗って書きまくる恐れがあります。数字のうしろに人の姿が見えるとなんだか嬉しいですね。
こんなところを仕事先の方々に読まれたら「そんなことより先にやることあるだろう」とお叱りを受けるのは目に見えてますが……。あっ、でも、ほんと、そろそろ仕上げますっ(ほんとに読んでたらどーしよ)。以前は仕事と遊びの場は切り離しておこうと思って、ここのページの存在は仕事関係の方々にはあえてお知らせしてませんでしたが、最近作り替えた名刺には開き直ってここのアドレス入れてしまってますからね。仕事では真面目なことも書くんですよ、私だって。こちらでの活動のほうが素に近いかもしれませんが。今度そのPRもたまには載せてみましょう。こんな私にどこかの媒体で何か書かせてみようという奇特な方も歓迎しております。
そうこう書いてるまに、次の予定の時間が……。新項目UPしようとしてたのに。前振りで終わってしまった……。ではまた、夜にでも。
(4/4 AM)
※……といって夜に登場しませんでした。嘘つきでしたね。
3月上旬はぽかぽかと暖かい日が多かった。しかしそんな天気ののどかさとはうらはらに、仕事のほうはばたばたと慌ただしく、毎日があっという間に過ぎていき心身ともにお疲れ気味だった。その頃は西新宿にほぼ毎日通っていたのだが、駅から歩く道すがらに小さな神社があり、梅がちらほら咲き始めているのを見かけていた。そこである日、昼食を早めに済ませ、ドトールでコーヒーを買って、神社の梅を愛でに行ってみた。
静かだった。幹線道路から参道を歩いてほんの数十メートル入っただけなのに、ひっそりと、しっとりとした時間がそこには流れていた。境内にはOLやサラリーマンなど先客が何人かいたが、それぞれ一人で日なたぼっこしながら石段に腰を下ろしたりして、静かに梅を見上げていた。
白梅、紅梅、薄紅の梅……それほど大木ではないが、その社をぐるりと取り巻くようにして梅の木々が並び、小さい可憐な花をいっぱい枝につけ咲き競っていた。実をいうと、私はあまり梅の花が好きではなかった。近くで見るとかわいい花ではあるし、枝に顔を近づけるとほのかに梅の香もする。しかし遠目に見る限りでは、花があまりに小さくてなんだか貧弱だ。桜に比べると、やはり梅は華やかさに欠けると思っていた。
でもなぜだろう、その頃私は疲れていたからだろうか、梅の控えめな可憐さが妙に心を和ませてくれていることに気付いた。恋愛ドラマなんかでよくあるパターンだが、「地味だけど、隣にいるとほっとするんだよな」なんて、目立たない女性の良さに気付くときのようなものだった、といえるかもしれない。
だいたい梅は、まず名前で損をしていると思う。「ウメさん」というとどうしてもおばあちゃんのイメージが頭に浮かんでしまう。一方、「サクラさん」というとなんとなく華やかな気がしないだろうか。ちょっと前のおばあちゃんの年代にはトメとかマサとか、二文字の名前が多かったという刷り込みがあるためか、ウメというのも同じようにおばあちゃんの名前っぽく思えてしまう。(余談……私がハタチそこそこの頃、仕事場に30代の先輩で「菊(キク)」という名前の方がいた。彼女いわく、「自分の名前ってばばくさくて嫌なのよねー」……)
それに梅見に行くのは若者よりはどちらかというと上の世代が多いようだし、花見の主役の桜が多くの人々にちやほやされるのに比べると、梅は地味な存在だ。しかし私はいま、梅のその地味なほのぼの感にかなりひかれている。大人になったのか、年をとったのか。こうして人は盆栽に走っていくのだろうか。いや、私は無理やり肢体をねじまげられている盆栽などではなく、のびのびと空に枝を広げている梅の木にひかれているのだ。人間、年齢を重ねていくといろいろなことが変わっていくものである。別に桜が嫌いになったわけではない。梅の魅力がわかるようになったということだ。
そういえばわが家の親族の何人かの戒名には、“梅”という文字が入っている。母方の祖父母もそうだし、両親にいたっては自分たちで考えた“梅”入りの戒名を用意していた。考えてみると、忙しさを言い訳にここのところ墓参りに行っていなかった。ふと、梅の花が身内の分身のような気がしてきた。彼岸のウメさんたちに久し振りに会いにいかなければなあ、と思った。
花の名前の人は幸せだと思う。サクラにしろウメにしろキクにしろ、その花が毎年咲くたびに、その名前は人の記憶にまた重ねられていく。その人が目の前からいなくなってからも、花は毎年咲いては散り、新しく生まれ変わっていく。そして、思い出される。
(4/7up)
●本屋の常連近所のある本屋の店員さんに、私はすっかり名前を覚えられている。というのも、そこで本を買うたびに領収書を書いてもらうからである。でも私のことをちゃんと覚えているのは、ときどき見かける、バイトらしき女性ひとりだけだ。年の頃なら20代前半〜半ばぐらいだろうか。ほっそりとしていてもの静かな印象で、切れ長の目がすずしげなタイプ。私が男だったらそこにロマンスのひとつも生まれてもいいような気がするが、残念ながらそういうことはないのだった。しかし覚えられてるのが恥ずかしくて、最初の頃は彼女がレジにいるときに行くのが照れくさくなったものである。
「領収書お願いします」と言うと、いつも私の名字を口頭で確認しつつ、さらさらと書いてくれる。ときには向こうから「領収書は?」と聞いてくれることもある。気がきくのである。最近、本屋の若いアルバイト(特に男性)に領収書をお願いすると、“書籍代”の“籍”を書けない人がけっこういるのだが、彼女はもちろんそのようなことはない。
彼女にすっかり名前を覚えられてしまったのは、思いおこせばもう2年ほど前、週に何度もやってきてはそのたびに領収書を請う私のことを、彼女が記憶にインプットするのにはさほど時間はかからなかったものである。強い春風が吹き荒れていた3月なかばの週末、私はその彼女がいる本屋を訪れた。ところで私はコンタクトをしているので、その日のように風が強いときはたいがい目にごみが入って涙がぼろぼろ出て困る。そこでそんなときはほこり避けにダテメガネをかけて外を歩く。その日は薄いブルーのメガネをかけていた。そしてニット帽子を目深にかぶっていた。本屋内を徘徊し、目当ての雑誌と本を手に取ってレジに向かった。レジに立っているのは久し振りにお目にかかる例の彼女であった。
このとき私はふと思った。私がこのダテメガネをしているとき、彼女と会うのは初めてのはずである。もしかしたら今日の彼女は、私のことがわからないかもしれない。帽子もかぶっているし。変装とまではいかないが、マスクでもかけていたら完璧だったのだが。一応、 「領収書をお願いします」と言ってみた。彼女はいつものように私の名前をすんなりと書き始めた。なーんだ、ばれてんじゃん。あ、声でわかるか。かなり怪しい変装をし、声色も変えなければ私のことは彼女にばればれであるようだ。
私が男だったらやっぱり彼女に惚れ直してただろうなあと、また改めて思うのであった。ま、別に男じゃなくても惚れてもいいのかもしれないけどね、でもそのへんはまだ奥手(?)なもので……。世間話をするほど親しいわけではなく、しかしお互いの名前と存在はちゃんと認識している間柄。うーん、今どき珍しくプラトニックだなあ(だから恋愛じゃないってば)。
思うに、私が男性だった場合、あの彼女の行動を自分への好意と勘違いしてしまったりするんだろうなあ。このご近所界隈にはきっと、彼女に恋している男性が何人かはいるに違いないと私は睨んでいる。想像だけど。(4/7up)
私は自宅で集中して読書できないタイプなので、読書するのはもっぱら電車の中だったり喫茶店だったりする。ときどき涙腺刺激度の高い本をそういう場で読んでしまって失敗する。爆笑本もまずい。連日の長時間仕事で視神経も精神的にもけっこうお疲れだった3月は、わくわくハラハラのミステリーや推理物はちょっと避けて、分断して読める文芸誌や、感情の振幅を誘われないような本(悪い意味ではなく)を選んで持ち歩いていた気がする。
以下、それら3月の読書のミニミニ感想。
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■文藝春秋 三月特別号
芥川賞の掲載号はたいがい買って読む。このときも平野啓一郎氏の『日蝕』をまず読むつもりで買ったのだが、実はいまだに読み切っていない。難解だという前評判の刷り込みのせいだろうか、あまりのめり込めずに途中まで読んだままだ。たいがいの本は最後まで読み切る私だが、このままいくと『ソフィーの世界』『吉里吉里人』に続き私の“読了挫折本リスト”に入ってしまいそうだ。読んだ方はぜひ感想を教えてください。
その代わり、他の興味深い記事のいくつかにはまってしまった。
◎「女房が宇宙から帰ってきた」向井万起男
いわずと知れた向井千秋さんの旦那様による月間日記。全体が千秋さんに対するノロケで貫かれているような内容なのだが、ここまで徹底しておおっぴらに愛情を表現できるのってある意味すばらしいよなあ、と思うのであった。多忙な妻は宇宙から帰ってきてもほとんど夫のいる家に帰れず、夫の方が妻の移動先へと会いに行く。妬みやそねみなどとは無縁に、女房の業績や快挙を心から喜ぶ。並の男にはなかなか出来ないことだ。「マキオちゃん」「チアキちゃん」と互いを呼びあうという事実には多少腰がひけるが、夫婦の一般的な概念や男女の役割などをとっぱらったところに成り立つこの夫婦の関係は、まさに宇宙的なスケール感を持っている。
◎「ドクター・キリコ戦慄の新証言」中川一徳
例の事件の核心に迫るレポート。あの事件以来、この手の記事はいくつかあったが、いずれも「青酸カリはお守り」という考えのもとに、ドクター・キリコが青酸カリを他人に送り届けていたという点には必ず触れ、その後の後追い取材を含め記事を展開させている。こういう問題はいくら周囲が取材したり分析してみてもどうにかなるものではないとは思うが、青酸カリ、命、ということで思い出すことが個人的にあるので、それについて簡単に。
私の親族が太平洋戦争を体験しているからみで、戦友会の文集のような記録が1冊残っている。中国大陸で陸軍病院の衛生兵として終戦まで過ごした頃の回想期がまとめられている。親族の記録は入っていないのだが、親しくしていたらしい方々の回想を読ませていただいた。病院の勤務ということで、あまり戦線の生々しさを伝えるものはなかったが、もちろん終戦のときはいろんなことがあったはずだ。日赤の看護婦さんの手記は心に迫るものがあった。婦長さんに従い逃げる際、青酸カリが看護婦全員に渡されたという。何かがあったら日赤の看護婦らしく自害しましょう、ということだった。その手記を書かれた方の一行は無事日本に戻ることができたそうだが、……
そんな時代と比較はできないかもしれないが、生きたかったのに生きられなかった人達もたくさんいたのだということを、言いたいだけ。※他の記事や本についても書くつもりですが、ちと時間がなくなりまして……またのちほど。(4/16)
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●通勤読書続き
先日更新したこのページをタイミングよく訪れてくれた、ネット知り合いK嬢からさっそくメールをいただいた。彼女も先月の文藝春秋を読んだとのこと。わはは、お互いおやじ入ってますなあ。いや、お会いしたこともないのに失敬失敬。私同様、『日蝕』には挫折し、マキオちゃん記事が面白かったとのこと。やはり類は友を呼ぶのだろうか。
他に興味深く読んだ記事。
◎「日本人はなぜ“木下恵介”を忘れたか」田中真澄
実は恥ずかしながら、あまり木下監督の映画を観たことはありません。でも、これから観たいと思わせる記事でした。しかしレンタルビデオ屋にもあまりないんだよなあ、WOW WOWとか衛星放送加入したほうがいいかなあ、やっぱり。◎--マッカーサー元副官・バワーズ来日同行記--
「歌舞伎を救った男“最後の日本”」岡本嗣郎
太平洋戦争集結直後、アメリカ人(軍部)から見て歌舞伎は“仇討ち、切腹、忠義など封建主義を賛美するものとして”忌み嫌われ、GHQの弾圧を受けていたそうだ。その歌舞伎の存続に貢献したのが、大の日本びいきで歌舞伎ファンだったパワーズ氏だという。日本の文化を外国の人が守ってくれたのだ。日本人でありながら、そういう事実をこの年(っていっても内緒ですが)まで知らなかったというのも結構恥ずかしい。こういう話、教科書とかに載せてはどうかと思うがいかがなものか。(四月号をとばして五月号を先日買いましたが、これも興味をひかれる見出しが揃ってました)
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■「城の中の城」倉橋由美子
一種独特な雰囲気の倉橋由美子ワールドに接したのは、実はここ数年のことだったりする。彼女の全作品を読んだわけではないのだが、一時期立て続けに読んだ。読んだことのある方はお分かりかと思うが、あまり連続服用するとカゼ薬とかと同じでちょっと頭がぼーっとしてしまう感覚に陥るとでもいおうか。不気味さもたたえているのだけれど、けっこうクセになる雰囲気がある。これは「桂子さん」が主人公のシリーズ的な一冊だが、宗教というテーマを扱いながら、面白い切り方でストーリーが進展していくものだ。私はどちらかというと宗教に否定的(他人の選択の否定はしませんが)な桂子さん寄りの考えのようなので、全面的に同意するわけではないが、なかなか興味深く読んだ。
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■新潮四月臨時増刊「宮本輝」
私は宮本輝さんの小説のファンである。全作品は読破していないので堂々とファンを自認はできないが、著作を読むたびにまいってしまう。その要因は哀しみだったり、爽やかさだったり、感動だったり、質は異なるけれど、心の奥底まで入り込んでくる性質のもので、入り口や見え方はさまざまだが出口では必ず希望を与えてくれるものだ。うっかり泣かされてしまうこともしばしばなので、輝さん(って呼ぶのもなんだけど)小説に限っては、ある程度家で読んでみることにしている。
その輝さんの作品や考えやらなにやらを、さまざまな角度から切り取った集大成。彼周辺の方々や宮本作品を敬愛する方々から見た作品批評や人物分析、エピソードなどがぎっしりで、純粋に楽しませてもらった。山田詠美さんが、彼を「輝じい」と呼んでいる話には笑った。
過去のご本人のエッセイでも創作の現場の話などが折り込まれていて興味深かったが、こうして多方面から切り取られた断面から見ると、またさらにその魅力がわかってくるのだった。よし、また輝さん小説読むぞ。
とまあ、そんな3月の通勤読書でした。(4/17)
スペースシャワーTVには加入していないのだが、インターネットで新番組の公開録画があると知り、行ってきた。なにしろ司会進行は、心の師匠・いとうせいこうさんだし。番組名は「梁山泊」。初回ゲストは、いとうさんとの名コンビみうらじゅん氏、もとボウイの森本氏、YOU THE ROCK氏。内容は行くまでよく知らなかったけど、超カルトな音楽クイズ番組ということだった。
以前、他のいとうさん関連イベントでお会いした皆さんと会場で会えるかと思っていたのだが、ひとりしか会えなかった。残念。
会場の新宿スタジオアルタのステージは、ドラとか竹とかがあって中国風に飾り付けられていた。新番組の初回の公開録画というのに、かなりの人数が集まっていた。スペースシャワー側の人もやや意外(?)だったようで、番組が始まる前に「どこで知ったんですか?」などと観客に聞いていたっけ。聞かれた人いわく、「スペースシャワーで観ました」。そりゃそうでしょうね、たいがいは。あとは私のように、加入してないくせに無料の公開録画だけちゃっかり観にくるインターネットユーザーかな。
そんな観客が集うスタジオアルタ。いつもはここで「うきうきウォッチング」とか踊ってる人たちがいるわけで、みうらさんがさっそくそのことなどネタにしていた。みうらさんは、いとうさんと組んでスライドショーをするときは満面笑顔で本当に嬉しそうだけど、こういうときはテレビ用の雰囲気で幾分ポーカーフェース。でも客席に気を遣っているのがなんとなく伝わりますな。その番組が実際上映されるのは15分単位なので、収録ももちろん15分刻み。最初は観客側は事情がよくわかってなくて(私だけか?)、突然いとうさんが「このままでは国が滅ぶ!」と叫んでぶちっと終わった初回収録になかばあっけにとられていた(会場、けっこう静か)。そんな観客に、収録の合間にジョークを振って場を和ませる、みうらさん。こういう収録って、そういう合間の時間がけっこう楽しかったりする。
つけ髭をつけ中国の皇帝に扮したいとうさん他、一同一時退場。そしてその後、月間ぶんの計4本を撮った。ゲストは普通の服装だったけど、いっそ彼等もチャニーズに扮してほしかったなあ。ねえ、豪傑が揃うはずの梁山泊だもの。あ、それじゃコスプレ番組になってしまうか。さて、豪傑とはほど遠いイメージのゲストの方々だったが、それぞれのキャラが際立ってるところが楽しめる。今後も楽しめるかどうかはゲストの人選にかかっているのかもしれん。クイズの内容自体は無理して知らなくてもいいようなカルトなものですが、その無駄さ加減がたまらなく素敵です。
ところで、演出なのか本当なのか分からないが、あれがもし演出なしのことだとしたら、ミュージシャンという人種は意外と自分の専門以外の音楽について深く知らないものだ、というのが新鮮な発見であった。ちょっと親しみが湧いたぞ。あれって、某クイズ番組みたいにやらせじゃないんでしょーねー?
※さてこれを書いているのはあれからそろそろ1か月が経とうとしている4月下旬です。相変わらずスペースシャワーTVには加入してない私、今月もこの番組の公開録画を観に行こうと思っていたのですが、東北旅行とかちあってしまいました。残念。次回のゲストもなかなか面白そうな人達だったのになー。(4/21up dated)
●関心のある方はこちらへどうぞ→ http://www.sstvnet.co.jp/