1999
●すれすれ的通勤の途上 (2/12)
その朝、午前4時にセットされた目覚まし時計の音で目覚めた。前夜、自宅でせっぱ詰まった仕事を片付けようと思っていたのだが11時頃から眠くてしょうがなくなり、いっそ翌日早起きして仕事しようと決め、開き直って早めに寝てしまったのだった。本来はその数日前から手を着けねばならぬ仕事であった。前からやっていればどうということはないはずだったのだが、エンジンがかからずに締切日を迎えてしまった。数日間ほとんど自宅にこもっていたものの、なかなか本格的に取りかかる気分になれなかったのだった。
そんなとき思い出したのが、最近とあるメールマガジンで読んだ、「通勤のすすめ」である。それは、自宅で仕事している人におすすめだという、疑似通勤のことであった。自宅で仕事をすることが多い人は、通勤する必要がない。でも、たとえば駅まで歩いて戻ってくるような、通勤の真似事をするだけで「仕事にとりかかろう」という気持ちのメリハリにつながるようだからやってみてはいかがでしょう、というものであった。ちょっと見には朝の散歩となんら変わらないものだが、「通勤」と思えば少しやる気がでそうだ。
せっぱ詰まったときに何をしてるんだ、とは思いつつも、その日それを実行に移すことにした。でも出社時間には早すぎたので、日が昇り明るくなるまで、前夜見ていなかったメールやWebページのチェックをする。仕事の一部も前日から取りかかっていたのだが、それは通勤後にまわすことにした。
ゆっくり朝食をとり、新聞を読み、9時過ぎ、通勤のため外へ出る。前日雪がけっこう降ったため、外にはまだ雪が積もっていた。その朝はよく晴れていたから、午後あたりになれば溶けてしまうだろうと思われた。私はカメラを用意している自分に気付きあわてた。なぜこんなものを。普通、通勤には持っていかないぞ。意識としては散歩に出る気分なのは明らかであったが、「いや、これは通勤、通勤」と自分に言い聞かせる。でも、めったにない雪の朝。何か撮りたい光景があれば写したいなと思っていた。
駅とは反対方向に向かった。普段はめったに行かない方向なので、たまには行ってみようと自然に足が向いた。小学校の校庭脇の道を通ると、子どもたちの歓声が聞えてきた。校庭でたくさんの子どもたちが雪合戦をして駆けずり回っている。私の子どもの頃とあんまり変わりない光景だなあ、となんだかほっとする。先生もけっこういるようで、大人も子どもも入り交じってはしゃぎまわっていた。
そこから数分行くと、高校のグランドに面した道路に出た。小学校のにぎわいとはうらはらに、そちらのグランドは静まりかえっていた。高校生は雪ぐらいでははしゃがないのである。
さらに気の向くままに歩く。その途上のところどころには、畑が存在している。私が住んでいるこの地域には、住宅と畑、雑木林などがけっこう混在している。あるマンションの横にも、畑が広がっていた。昨日の雪が、畑一面を覆っている。そのあちこちで、ハクサイが点々と顔を出していた。巨大な雪割草みたいだなと思い、ついついカメラを向けた。ハクサイを撮影する、不思議な女。そんな私の行動に、マンションのベランダで洗濯物を干している女性がいぶかしげな視線を向けていた気がしたが、ま、深く気にしないことにしよう。
その畑の斜め向かいには、狭いハクサイ畑があった。こちらのハクサイは行儀よく整列していて、なんだか“笠地蔵”みたいだった。これもカメラで撮影。しかも気にいったアングルで撮るために、畑にちょっと入り込んでしまった。かなり怪しい人物だと我ながら思った。
そのあと、ホームセンターの店先にある花屋をちょっと覗きにいってみる。夜間も花の苗は外に出しておくようで、苗の植わったビニールポットや鉢の上には、一面に雪が積もっていた。開店したての時間だったので、店員さんは鉢の雪を払ったりして準備をしていた。屋外のその売り場を一巡りしてくると、はずれの棚に雪だるまが2つできていた。ひとつは、紫のパンジーの花飾りをしている。うーん、キュート。店員さんが雪払いのついでに作ったもののようである。思わず微笑ましくなり、これもカメラに収めた。
あとはまっすぐ仕事場へ向かい、到着。しかし、ずいぶんのんびりした通勤だったものである。道草しまくり。さて、それから私は仕事場という名のわが家で、腰を落ち着けて仕事をした。正直に告白すると道草通勤が少々たたって、その翌日までパソコンの前に座りっぱなしではあったけれど……。
それにしても、時間があるときに家にいても、「通勤するか」という気分にならないのが不思議である。んー、仕事がないときはやはり「休日」気分なんだな。だから、散歩やさぼりじゃないのだよ、あれは通勤なのだよ、あくまでも(ちょっと言い訳)。
(2/26up)