師走(December)

1998


●映画「ニルヴァーナ」を観て

●ふたご座流星ウォッチング……

●サンタの靴下とブーツ

●冬の貴婦人/シャコバサボテン 


映画「ニルヴァーナ」を観て/繰り返す生(シネセゾン渋谷、12/2)

 数年前までは毎日ほぼ同じ時間帯の電車に乗り、通勤していた。朝になるとよく感じた「この先ずっと同じような日が続くかもしれない」憂鬱感は、社会人なら幾度か経験のあるものではないだろうか。繰り返す同じような日々。そのお定まり感から無意識のうちに遠ざかろうとしていたのか、私は毎日同じ時刻の電車に乗ることがなかなかできないダメ人間であった。昨日と今日の朝が違うことを、わずかなズレによって認識したかったのかもしれない、などと言い訳めいたことも思ったりする。とりあえず毎日電車に乗らなくて済む生活になったとき、私の心に広がった解放感は計り知れない。不安定な生活に対する不安よりも、そちらのほうが勝っていた。
 まあ、話のレベルが少し違うかもしれないが、今日も明日も同じ、という日々が永遠に繰り返されたら果たしてどうだろう? 
 映画の主人公であるジミーは、コンピュータ・ビデオゲームのクリエーター。発売間近のソフトのなかの登場人物が意思を持ってしまったことから、仮想現実と現実の迷路でストーリーは展開していく。同じことを繰り返すだけなんて耐え切れない、いっそ消してくれ、と登場人物の男は画面の向こうから訴えかける。去っていった恋人の面影に縛られ過去にとらわれていたジミーは、ゲームのなかの男の懇願に自分を重ね、その願いを受け入れるために動き始める。
 同じ人生を何度も繰り返すことになったら、果たして自分は幸せだろうか? ゲームのように一度死んでもまた生き返り、また何度も死を経験することは不死といえるのだろうか? 輪廻転生は救いなのか? それは死を軽んじることにつながらないのか? そんな問いが頭の中を駆け巡る。
 この映画は、仏教やヒンドゥー教、イスラム教などの世界観にまで入り込みつつ、宗教を超えたところにある死生観を描いていく。そして、『ニルヴァーナ(解脱・涅槃)』という名のゲームは、生と死のありかたをスクリーンの向こう側から問いかけながら、映画を観る者たちに対しても動き始める。こちらまで登場人物らが操るサイバー空間に入り込んでしまったように見せながら……。後戻りはできない、ゲームのなかの男の本当の意味での“死(消去)”へと向けて。アクション性は薄いが、深みのあるSF映画だ。
 繰り返し生き続けることから解放された男の微かな喜びと哀しみが少し解るような気がしつつ、たった一度の生だからこそ大切に生きるのだと思った。いつしか水滴となって消えるはずの“ひとひらの雪”は、ひとつとして同じものがないように。そして、消えてしまったこと、終わったことを認めることから始まる何かというのがあるのだと思いを巡らした。


初雪の降った12月第1週、急に冷え込んできた。冷たい雨の降る週末、赤ワインを入れコトコト煮込みながらビーフシチューを作った。じっくり時間をかけて仕上がるのを待ちながら、本なんか読んだりパソコンに向かったり。部屋にこもりきりの寒い日には、そんなひそかな幸せを味わってみたりする。ああなんて自堕落なことよ。あくせくする日もあれば、そうやってのんべんだらりする日もあるのさ。世の中には時間をかけなくては味わいが出ないものもある。
(12/5)


●ふたご座流星群ウォッチング……(12/12〜13)1998

 『智恵子は東京には空が無い、と言ふ。』有名な詩の書き出しである。
 『sesamiは東京には星空も無い、と思ふ。』無名の人間のたわごとである。

 先月、しし座流星群を見逃した私は、今度はふたご座流星群が見えるとの噂を聞きつけ、流星ウォッチングを再び試みた。しかし場所は相変わらず自宅近辺である。なにせ夜中のことであるから、そうそう一人で遠くへも行けない。今回の流星ピークは昼間とは聞いていたものの、とりあえず夜中に寒空の下へ……。

 まず午前1時過ぎの深夜、夜空を見上げてみる。冬の星座、オリオンはいつものことながらすぐ見つけられる。ふたご座はその近くにあるらしいのだが、なかなか見当がつかない。しかし、以前しし座流星を見ていた人から受けたアドバイスを思い出し、一点のみを見つめるのでなく、あちこちの星に目を移しつつしばし佇む。ほぼ真上に近いところを見上げ続けているため、首が疲れる。立っていた駐車場に寝転がりたい、とは思うものの、それじゃ行き倒れと間違われかねない。先月のしし座流星騒動の夜、同じ駐車場で空を見ていたら、仲間と帰宅途中の酔っ払いサラリーマンが私に気付き「お、流星見てるよ。見えるかねー」と向こうもしばし道の真ん中に佇んで空を見上げていたようだった。しかし今回は私が何のために夜空を見ているか、通りすがりの人も気付かなかったであろう……。30分は空のあちこちを見ていたが、流星らしきものは見えなかった。
 それにしても、夜中でも街路灯やらマンションの灯りやら、遠くのガソリンスタンドの灯り、駐車場の常夜灯などがピッカピカについている。星よりもそちらのほうが明るくて、目がくらんでしまうのである。ここは東京ではないが、まあそれに近いところ。それでいてこの明るさだから、東京の夜の明るさは……。
 寒さが厳しくなってきたので、いったん部屋へ退散。仮眠し、夜明けに起きることにした。午前4時半、目覚めてすぐさま再び駐車場へ。道行く人はいない。家々の灯りはほとんどついていない。だが街灯などの明るさは相変わらずである。温かい缶コーヒーを買ってきて手のひらで転がしながら、空を見上げ続ける。でもやはり、視界の下方に街灯の光が射し込んできて、星が見えにくい。ベストポジションを探しつつ駐車場をウロウロし、近くのマンションを背にして駐車場の縁石に座り込む。流星は相変わらず見えなかった。
 1時間近くは経っただろうか。街の灯りに負けてしまいそうな星々の輝きに懸命に目をこらしながら、やがて私は流星を探すことをあきらめた。星に願いをかけたかったわけではない。でも流星を見つけることで、何か大切なものを探した気分になりたかったのかもしれない。来年も、しし座流星群が見えるかもしれないという。でもたぶん、ここでは見られないだろう。ここには星空がないからだ。立て込む建物の間で、ようやく空を見渡せる場所だけど、星の光と競うような灯りが夜通しついているところだから。
 できれば来年は、星空のある場所で空を見上げてみたいと思う。それにしても、いつから星空は探さなくてはならないものになってしまったというのだろう。
(12/24up)


●サンタの靴下とブーツ(12/24)

 サンタは果たしてわが家にやってくるんだろうか? と子どもの頃に疑問に思った記憶はあるだろうか。小学生になってもしばらくサンタの存在を信じていたという方は、子どもの夢を大事にする心優しいご両親のもとで育ったことだろう。クリスマスの朝目覚めると、枕元にはプレゼントが……ていうようなことがあったはずである。
 私はというと、小学生になる前にはもうすっかりサンタは人間である、と気付いていた。もしかするとそれより小さい頃はサンタの存在を信じていたのかもしれないが、その頃のことは記憶にない。
 絵本の影響で西洋かぶれだった私は、絵本のなかに出てくるような、ローストチキンとキャンドルとクリスマスツリーのあるクリスマスに憧れていた。その頃、鶏肉以外の肉は大嫌いだったため、チキンは私にとって大のごちそうであった。クリスマスになると「チキン、チキン、晩ご飯はチキンにしてよ」と私は親にねだったような気がする。父親は「クリスマスなんて毛唐(なんということを……)の文化だ。日本人はやらなくていい」などと言って毛嫌いしていたのを今でも覚えているが、母親のほうは私と兄にねだられたのかどうか、プラスチックのクリスマスツリーを用意してくれた。その飾り付けをするのは毎年楽しみだった。
 しかし私はある時、気が付いた。確か小学生になるかならないかの頃だった。クリスマスなのに何かが足りない。そうだ、プレゼントだ、サンタクロースだ。そこで私は考えた。世間では親がサンタの役割を演じることが多いと既に学習していたから、どうにかこうにかして親にサンタになってもらおうと思った。いやな子どもである。まず、数日前から「サンタが今年はくるかもしれない」ことを話題にしまくった。そして私の計画は、クリスマスイブの前日から実行に移された。まず、家の中をひっかきまわし、一番大きい靴下を探す。姉のルームソックスが最適だった。まず靴下は確保。そしてサンタ宛の手紙を書く。そういえば何が欲しいと書いたのだろう。覚えてないということは、何でもいいです、とか書いたのかもしれない。寝る前には、お菓子と飲み物を居間のテーブルに用意しておいた。いつか何かの本で読んだことの真似である。母親には「これはサンタさんのだからね。片付けちゃだめだよ」と言っておく。そして枕元にサンタへの手紙と靴下を置き、ドキドキしながら布団に入った。
 イブの朝。目覚めてわくわくしながら枕元の靴下へ目をやると、何も入っておらずぺしゃんこのままだった。手紙もそのままだ。私はがっかりした。でも、と思い直した。「お父さんもお母さんもイブはクリスマスじゃないと思ってるのかもしれない! 明日が本当のクリスマスだ! きっと、明日の朝プレゼントをくれるんだ!」。居間のテーブルへ行くと、飲み物もお菓子も食べた形跡はなかったが、明日に期待をかけた。
 そして翌日、クリスマスの朝が訪れた。しかし、やはり靴下も手紙も、寝る前と変わらずそこにあった。
 こうして私の策略はものの見事に無視され、私は「サンタはいない、そのうえうちの両親もサンタではない」ということを学んだのであった。もしかしたら親は私の策略を見破っていたのでは、とあとで思ったが、「あの子ったらサンタを信じてるのよ」などと母親が言っていたのを覚えてるから、気付いていなかったようだ。ともあれ、私はこの現実的な両親のおかげで、現実に早く目覚めた。

 そうやって家族間でクリスマスにプレゼントをする習慣があまりなく育ったためか、長年もらったことのなかったものが私にはあった。サンタのブーツに、お菓子がいっぱい詰まった、例のあれである。家を出て暮らし始めた19歳の冬、私は突然あれが欲しくてたまらなくなってしまった。街角の店はどこもかしこも、あのブーツであふれているのである。欲しいと思い始めると気持ちはつのる一方である。当時私は昼間働いて夜学校へ行っていたのだが、クリスマス前の数日というもの、職場の友達と「あのブーツが欲しい」と話してばかりいた。友達にもその気持ちは伝染し、年上の職場の男の人たちに会うたびに「ねーねー、サンタのお菓子のブーツが欲しい! サンタのブーツが欲しい!」と言い続けた。もし誰もくれなかったら、お互いに贈りあおうと思っていた。あれは自分で自分に買うのでは駄目なのだ。買ってもらわなくては。
 やがて、クリスマスの日がやってきた。誰もサンタのブーツくれなかったねー、とやや気落ちしながら帰り支度をする。と、私たちがおねだりをしていた男の人のうちの一人が私たちのところへやってきて、体の後ろから“あれ”をふたつ、差し出した。私たちは「うわーーーいい!!」と大はしゃぎ。他の友人たちは「あーなんで二人だけにーーー! ずっるいーー」とブーイング。ブーツをもらった私と友人はその日それはそれは嬉しい気分でいっぱいだった。今から思い出すと無邪気なものである。いや、その男の人からもらったから嬉しかったのではない。もらっておいてこんなこと思うのもなんだけど。あの頃の私たちにしてみれば、かなり年上だったし、その、なんというかヒゲ面でサンタみたいな風貌の人だった。ちょっとお兄さんというよりは、お父さんに近いような感覚の人で……。まー、ありがとうございました。今頃どこで何をなさってることでしょう。それにしても、中味が無くなったあとのブーツはどうしたんだっけ。しばらく飾っていた気がするが、いつか捨てたんだろうなあ。
 そして現在。ふと気付いてみると、あの時とは別の、からっぽのブーツが手元にある。これはいつのかは覚えている。5年ほど前、友人たちと仮装ホームパーティをしたときに、友人の彼の友達の、イギリス人たちがくれたものだ。30センチほどのミニクリスマスツリーも一緒にもらった。友人はサンタの形のキャンドルも置いていった。以来、クリスマスには毎年これらを飾るようになった。毎年、ツリーの隣にこのからっぽのサンタのブーツを並べている。
 小さい頃の靴下のトラウマのせいか、クリスマスにあのお菓子のブーツをもらうのは今でも嬉しかったりする。からっぽではない、満たされた靴下が嬉しい。それにしてもなんて安上がりな女……こんな女になったのは……。やっぱり「サンタはいない」と身をもって教えてくれた現実的な両親のためかな……。


面白く観ていたテレビドラマ「奇蹟の人」が終わってしまいました。よくできたドラマだったと思うのですが、ひとつとても気になっていたことがあります。サトコ役の女性が主役の山崎まさよしに携帯電話を渡すのですが、充電機は渡さなかった……なのに電話は何日たっても鳴り続ける……。同じように気になることが他にもあります。ビデオ「フェイス/オフ」に出演してるジョン・トラボルタは、刑務所を脱走したときは裸足だったのになぜ途中から靴をはいてるのか。高村薫氏の「マークスの山」はとても面白く読んだのですが、たったひとつ気になって気になってたまらない不思議な点がありました。気になりだすと本筋に集中できなくなって困ります。この世はナゾに満ちています。ああ、ツッコミたい。


●冬の貴婦人/シャコバサボテン(12/31)

 冬の植物生活はちょっと寂しい。花を咲かせている鉢が少なく、彩りが足りなくなってくるからだ。春から秋にかけて毎日咲き続けていたニチニチ草も、ハイビスカスも冬眠期間に入ったようである。春に向け、オランダユリやらフリージア、スィートピーなど、いろいろ球根を植え種をまいたが、奴らはまだ土の中で目覚めの時を待っている。葉っぱだけだったり、何も生えていない鉢だけが数を増していった。
 そうなると室内を明るくしてくれる鉢が欲しくなった。12月頃になると花屋に出回る鉢のひとつに、シャコバサボテンがある。でも、つぼみを開花させるのが難しいと聞いていたので、これまでなかなか手を出せずにいた。しかし、とうとう手を出してしまった。700円とかなり値崩れしていたその鉢は、つぼみの数が残り少ないためなのはあきらかだった。ざっと、つぼみの数は10数個ほど。そのうち幾つかでもいい、咲かせてみせようと、12月の初旬に買って帰った。
 シャコバサボテンは環境の急変に弱く、咲かないまま落ちてしまうつぼみが多いという。花をうまく咲かせるには、昼間は日光に当て、夕方から夜にかけて光を当てずに暗いところに置いておいたほうがいいらしい。夜型の生活をすることの多い私は、夜中の間のシャコバサボテンの置き場所をどこにしようかと思った。とりあえず、部屋の隅のなるべく暗めのところに夜は移動することにした。
 だが、私はひそかに、「念ずれば通じる。咲けよ〜、という念で咲かせてみせよう」などとも思っていた。数日間、私は鉢と向かい合うたびに話しかけてみた。「咲いてねー、咲いてねー」。2日目頃に、サーモンピンクの固いつぼみがほころび始めた。葉に近いところから、少しずつめくれあがるようになってきた。私は「念が通じたかなー」などと根拠のない喜びを感じていた。数日かけて1枚ずつ徐々に花びらはめくれあがっていき、毎日のその変化は見ているものを楽しませた。「ちょっとだけよ」というじらし感覚は、ストリップに通じるのではないかなどと訳のわからないことを考えた。
 数日後、とうとう完璧につぼみは開きった。陽の光を透かす薄い花びらの一枚一枚は、蝶の羽のようでもある。いや、裾が幾重にも重なったドレスを着た、貴婦人か。中世のヨーロッパの女王か。
 その後さらに、大きなつぼみの2つ目、3つ目の開花が続いた。その様子はさながら、貴婦人たちのドレスがひらひらとひらめくダンスパーティのようであった。

 最初のつぼみが開いたときの喜びが薄れ始め、咲くのが当り前のように感じ始めていた頃……。小さいつぼみが、気付くと幾つも落ちていた。いかん。愛情が不足していたかもしれない。それに夜中起きているとき、明るい部屋に置きっぱなしだったこともけっこうあったような……。残りのつぼみはあと数個になっていた。私は心を入れ替え、夜中に真っ暗な置き場所を考えた。とはいっても、場所は限られている。そうだ、風呂場があった。それから彼女たちの寝室は風呂場となった。
 朝や昼間、鉢に日光を当ててやるために置き場所を窓際へ移動し、夜になると風呂場へ移し、おやすみとドアを閉める。貴婦人たちは夜遊びを止め、規則正しい生活を送るようになった。彼女たちの体調は回復し始めたかに見えた。
 しかし、毎日の移動中、あるいは起きて鉢と向かい合うと、貴重なつぼみの残りはまた幾つか落ちてしまっていた。それでも、幾つかのつぼみは頑張りを見せた。再び花開き始め、その美しさを数日にわたり堪能させてくれた。12月末現在、最後の花がその命をまっとうしようとしている。今年のパーティは終わってしまったのだ。
 来年また咲くように、春になったら手入れをしてあげなければ。春になったら植え替えをして、屋外でぞんぶんに日光浴させてあげよう。次の冬、また冬の貴婦人たちの優雅なダンスパーティを見るために。


《お帰りはこちら》
▲HOME ▲F-FILE  ▲sesami's travel ▲カメライダー▲すれすれ草 ▲レッツ・リンク