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 睦月(January)

1998 


●鉢植えの逆襲!? 
●雪の日の門番


鉢植えの逆襲!? 徹夜で救出を待つ(1/9)

 深夜帰宅し、私はしばしドアの前で呆然と佇んだ。酔いはとうに覚めていたはずだが、「これは酔っているせいに違いない」と思い込もうとした。その日は仕事帰りに遅い夕食がてら、新宿のアイリッシュパブでポテトをつまみに、仕事仲間のN嬢とギネスビールをちょいと飲んできたのだった。
 気を落ち着けて、再び鍵を鍵穴に差し込む。よし入った。私は酔ってなんかいない……。カチリと音がして、鍵が回る。よし。ドアノブを回す。開かない……。さっきと同じだ。
 な、なぜ!? と頭の中は「????」で一杯になりながら、わずかな望みを託してもう一度、もう一度と同じ行為を繰り返す。が、無駄だった。「でもでも、私は泥棒なんかじゃないんだもんね! ここは私の部屋なんだもんね!」と私は心の中で叫んだ。しかし深夜12時30分過ぎ、ドアの前でノブをガチャガチャさせてる人物は、そうとう怪しかったろう。その証拠に、隣の家の旦那さんらしき人はなにやら深夜の散歩に出かける風なかんじで門の外へ出てきたし、どこかの家では窓を開けて様子を伺うような音が聞こえた。私はとうとうその日、部屋に入ることをあきらめた。
 先日、玄関先で雪に埋もれていた鉢植えたちも、寒さに震え絶望しかけ、今の私のような心持ちだったのではないかなどとふと思った。今夜は一転して逆の立場である。今、このドアの向こうでは植物たちが台所で「あんな薄情な主人は、締め出して私らの苦しみと寒さを思い知らせてあげればいいのだよ」などと相談し合っているのではないだろうか……などという妄想も浮かんできてしまう。植物たちの逆襲。いや、そんな馬鹿な。確かに私は薄情な主人かもしれないが、昨夜はあんたたちを雪から救出してあげたじゃあないか。などと考えても事態は一向に好転しなかった。そして私は、この嘆きを誰かに訴えたーい! との衝動から、友人ヒロに深夜電話をしてしまっていた。すまん。次の日の午後、ヒロと会う約束をしていたこともあって、この状況では明日は無理かも、ということも伝えたかったのであった。ひとしきり状況を説明し、同情の言葉を頂戴し、電話を切るとなんだか腹が座ってしまった。

「今夜はファミレスで徹夜だ……」
 心は決まった。その後私が向かうべき場所は、24時間営業のファミリーレストランだった。
 ずいぶん前に、鍵はあるのにやはり部屋に入れなくなったことがあった。その時は、合鍵の合鍵を使い続けていたため、鍵穴がだんだんゆがみ、壊れたのだと説明された。あの時と同じ様なことが起こってしまったのだろうか……。合鍵は使っていなかったのだが……。以前鍵が壊れたときは近所に友達が住んでいたので頼ることができたが、残念ながら今はご近所友達はいないのだった。しかし、雪が降りしきる白い道をファミレス目指して歩いている頃には、この降って湧いた災難を半ば楽しんでいる自分がいた。
 が、それにしても、それからファミレスで過ごした6時間は辛かった(翌日助けを求めるために、契約している不動産屋さんが開店するまではさらにプラス3時間あった)。幸い読みかけの分厚い本を持っていたので、これを機会に読破しようと試みる。
 しかし、3時を過ぎる頃から頭は朦朧としはじめ、本なんかとても読めたもんではなくなってきてしまった。自制心を強くもち、閉じようとする瞼を必死で見開いていたが、途中で何度も意識を失いかけた。読書に意識を集中できず、かといって眠りこけることもできず、拷問のような数時間。週末だったためか、店内にはけっこうな数の客が出入りしていた。これからスキーにいくかのようなグループや、遊び帰り風の団体やカップルが次々と来店しては出ていく。その店内で私はひたすら居座り続けた。まず、お腹もすいていないのにクラムチャウダーとサラダを注文。そして3時頃、コーヒーを注文。私が陣取っていたのは禁煙席の一角だったのだが、隣にしばらく在席していた大学生風の2人の男の子たちや、ふたつほど向こうのテーブルの大学生団体が噂をしてる声は嫌でも耳に入ってくる。
「すごいよな女一人で……」
「人待ってるわけでもないみたいしね。さっきからずっといるよね」
 聞こえてるぞ。しゃーないでしょー。こちとらだって、好きでこんなとこで夜明かししてるわけじゃないんやー。
 ちょっと面白かったのは、3時頃、携帯電話片手に喋りながらひとりで来店した奥様風の女性が、ずーっと電話の向こうの相手と喧嘩らしきものを繰り広げていた様子だ。「だからね、私はあなたのそういうところが嫌いなのよ」ときっぱりはっきりまくしたてる女性。挑戦的な会話は延々と続く。家を飛び出してきた奥さんだろうか。ううむ、深夜のファミレスにはドラマがある。
 そしてとうとう、待ち望んでいた夜明け。ガラス窓の向こうの空が青く明るくなってきて、朝の気配が近づく。久し振りに夜明けを見てしまった。その頃にはなんだかすっかり目が冴え、お腹まで空いてきて、パンケーキなど注文してしまった。
 8時近くにファミレスをようやく立ち去り、さらにマクドナルドでコーヒーを飲んで不動産屋が開く10時を待つ。長い戦いだった……。
 結局、鍵屋さんに来てもらってドアを見てもらったら、鍵が壊れたのではなくドアの蝶つがいが歪み、そのせいでドアが左右に傾き、開かなくなったのだということだった。ドアに物を挟んだまま勢いよく閉めたりすると、そのようなことも起こるのだと説明された。なるほど。皆さんもお気を付けください。
 というわけで、こんな事件があって改めて、部屋に帰れる有難みをしみじみ実感したのだった。ドアが開いた瞬間、玄関で鉢植えたちが諸手を広げ、疲れ切った私の帰宅を歓迎してくれた……気がする。


雪の日の門番(1/15)

 その雪の日、目覚めると昼をとうにまわっていた。カーテンを開けると、前日の天気予報通り雪がしんしんと積もっていた。あまりに静かすぎて熟睡してしまったのであろう、と私は一人で大寝坊の言い訳をした。
 雪の朝は、気配が違う。それは起きた時に、外の空気が「しん」としてることで気付く。雪が音を吸い込むように、静かな気配が窓を通して漂ってくるのだ。子どもの頃、ある冬の朝起きたときに「何かが違う」と感じて窓を開けると、外には雪が積もっていたものだ。私が小学生だった当時、埼玉の実家の周囲には畑や雑木林が多く、雪が降るとあたり一面銀世界になったものだ。そんな日の学校までの道のりは、新雪の上に足跡を一番乗りでつけるのが楽しみだった。近くの雑木林は奥に行くにつれて下り坂になっていて、学校が終わるとちょっとしたソリ遊びなどもできた。

 そんなことを雪が降ると時々思い出す。電車が遅れたりして迷惑をこうむることもあるが、私個人の気持ちとしては、雪が降ると嬉しい気分になる。雪国のように毎日降ったら大変だろうとは思うのだが。初めて冬の東北を旅行したとき、想像を遥かに超えた雪深さには驚いた。でも、関東ではそうそう雪が降るわけではないから、大変だとは思いつつもどこかしら楽しみなのだ。
 昨夜遅くから外では雨の音がしていたから、今まで12時間は降っていただろう。雪は相当積もっていると思われた。案の定、ドアを開けるとその前には、およそ15センチは積もっていた。先週の雪で懲りて鉢植えは既に台所に避難させてあったから、鉢植えたちの環境は安心だ。雪が降り続く一日、その日はほとんど家の中で過ごした。
 そして夜になり、近所で買物をして帰ってきて、雪かきをしようと思い立った。私の部屋は2階にある。ドアの前の通路には夜までの雪が積もり、もう20センチはゆうに超えていた。お隣さんは自分のドアの前を簡単に雪かきしていたようで、私のドアの前だけが異様に雪深かった。ひょっとすると明日になって雪が凍れば、ドアが開かなくなる恐れもあると思った。先週のドア密閉事件を思い出し、恐怖を感じた私はすぐさま雪かきを始めた。
 最初は園芸用の小さなスコップで雪をすくっていたのだが、次第に面倒臭くなり、雪だるまを作るように雪を転がし始めた。そしてある程度の大きさになったら抱えて運び、下の階の小さな空き地に捨てに行った。数回それを繰り返したが、一向に雪は減らない。それでは、と一回の雪玉を大きくしたら、重すぎて疲れてしまった。
 どうせそのうち溶けてしまうのなら……と、いつのまにかドアの前で雪だるま作りに熱中している私がいた。水気を含んだ雪なのでまとまりが悪かったが、雪をかき集めて作っていると、2体の雪だるまが出来上がってしまった。ひとつは50センチほどの高さ、もうひとつは20センチほどのものだ。親子雪だるまの出来上がりだ。それが出来た頃、ドアの前の雪はひととおり片付いていた。
 そんなわけで今夜は、ドアの外で2体の雪だるまが門番をしている。
 真剣に雪かきが必要な地域の方々には申し訳ない台詞とは思いつつも、こう思わずにはいられない。雪の朝、世間の人々のドアの前にすべて雪だるまがあったら、さぞかし微笑ましい光景に違いないだろう、と。


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