[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

睦月(January)1997


●仮面ライダー新宿に現わる・アフリカンナイト/友人ハル帰国/などなど


●1日/仮面ライダー新宿に現わる・アフリカンナイト
 大晦日は友人のヒロと、新宿で行なわれた「アフリカン・ニューイヤーフェスティバル」というミュージックイベントを見に行った。テーブル席とかがあるかと思ってたけど、椅子もなくて床座り。新聞にも記事が出てたせいかお客さんは割合多かったが、アフリカ出身の人のトーク中、日本人の外人差別についてのディスカッションが始まってしまうなどということもあった。24時近くなり、カウントダウンに向けてライブが始まる。アフリカ音楽といってもシンセサイザーとかも使ってて、もっと民族音楽寄りのものを想像してたので少しがっかり。でもパーカッションとかを使った音楽などで、だんだん気分が盛り上がる。飛び入りで喜納昌吉氏が登場し、場内騒然。しかし、少し歌ったのみで退場してしまったが……。終了予定の3時ごろまでいるのはちょっとしんどかったので、結局1時頃帰ることにした。
 仮装パーティなどがあるのか、大晦日の新宿の街なかでは変な格好の人をたくさんみかけた。花園神社参りをする着ぐるみのパンダ、ウエディングドレス姿で派手なメイクをほどこした人、そして極めつけは、マジンガーZと仮面ライダーのツーショット。西武新宿駅よりの裏通りで、その二人が横断歩道をわたりこちらへ向かってくるのを見たときは、目を疑ってしまった。タクシーを降りたばかりなのだろうか? やってくれるなあ、と嬉しくなった私は、自分でも予期しない行動に出てしまった。数メートルまで近づいたとき、思わず仮面ライダーに向かって「敬礼」のポーズをとってしまったのだ。すると仮面ライダーも礼儀正しく敬礼を返してくれて、なぜか握手を求めてくるので握手してしまった。マジンガーZは気付かず通りすぎてしまい(たぶん横が見えないのだ)、後で二人は何やら密談していた。彼等はあの姿で、どこへ行ったのだろう……。見かけた人、いますか?
 朝になり、ひきつづきヒロと映画「インデペンデンス・ディ」を近所の映画館で1000円(水曜デー割引)で観る。元旦に映画を観たのなんて久し振りだ。大画面で観たい映画でない限り、この頃ではビデオばかり観てた。それもこれも、あまりにも映画料金が高いからだ。なんとかしてほしいものである。さて、話を「インデペンデンス・ディ」に戻すと……。荒唐無稽な話ではあるけれど、スクリーンで観ると鳥肌がたつぐらいぶっとんだ。正月早々こんな映画観ると、一年の始まりって気分ではなくなってしまう気が……。
 しかしUFOものとしてのストーリー的には、「コクーン」とか「ET」の方が深みがあって、わくわく感もあって好きだった。一方「インデペンデンス・ディ」は、登場人物が生き残る意味がどこでどうストーリーと繋がるか、途中で読めてしまうのだよね。それに宇宙人がしてる破壊行為って、ひょっとして人間が過去の歴史の中で行ってきた破壊・侵略行為と変わらないんじゃない? などと思わせてくれるものでありました。まあエンターティメント映画としては、とりあえず愉しめた。私が生きてるうちにはあんなことが実際起こってほしくはないと思ったけど。
 午後から谷中へ初詣に行き、もし宇宙人が来襲してきても助かりますようにと祈願する(嘘)。今年がいい年でありますようにと願う。


●12日/友人ハル帰国
 カナダ在住の友人・ハルが4年振りに帰国。ハルは香港出身カナダ国籍の男性と向こうで結婚、現在一児の母。結婚後、夫をカナダに残して初めての里帰りである。彼女の子どもとは初めて会うのだが、英語しかしゃべれないのかと思って、子ども相手とはいえ心構えをしていった。しかし日本語ぜんぜんオッケー。少し人見知りされたけど。ハルはわが子を日本語の喋り相手にしたくて、実家から「おかあさんといっしょ」のビデオとか送ってもらったりしてまで日本語に慣れさせていたらしい。でも英語も多少できるし、広東語も少ししゃべるし。将来は学校でフランス語も習うだろうし。私もそんな環境で育ちたかったなあ。
 ハルとは高校時代からの友人だが、モテて女王様のようにさんざん男たちを泣かせてきた彼女が、すっかり母親になりきっているのは驚きだった。自ら「あんなに子ども嫌いだった私がびっくりしてるぐらいだからね」と言う彼女を見てると、やっぱり女は女にできてるんだなあと思ってしまった。
 私の友だちのうち、彼女ほど劇的に性格が変容した人はいない。OLを辞めて、1年間の留学から帰ってきたらうってかわって性格がたくましくなり、はっきり物事を言うようになった。でも、ものすごく変化したように思えたけど、実際のところは彼女が本質として持っていた部分なのだろう。それがひと皮むけたのだと思う。「言葉の通じない国で自分の言いたいことを伝える大変さに比べたら、日本人に日本語で伝えるのなんて何でもないことだって分かったんだ」と、帰国後の彼女は言った。また、私が「この間、年相応の格好しろよとか言われてさー」とぼやいた時には、「年相応の格好ってどういうの?」と、私が思っていたのと同じことをつぶやく。「外国ではみんな自分の好きなもの着てるよ。おばあさんぐらいの人でもショッキングピンクのスーツとか着てて、まあ髪の色のせいとかもあるんだろうけどよく似合うし、堂々としてるの」などと話してくれた。そんなふうに、何気ないところで共感しあえるものがあった。
  あの頃、留学から帰ってきてからのハルとはなんだかそれまで以上にひんぱんに会うようになった。留学の話もいろいろ聞きたかったし、何より彼女の変化を日々発見するのが楽しくもあったのだ。私はレズではないが、ハルをかけがえのない友人として感じるようになったのはこの頃だ。たぶんこの感覚は距離や時間に関係なく、これからも続いていく気がする。
 しかし以前のハルだったら深夜までおしゃべりにもつきあってくれたが、今は一児の母である。容姿やスタイルは以前と変わらないが、すっかり子供を気づかう母の顔。あんまり遅くならないうちに、次回には他の友達を交えて会う約束をして別れるのだった。


●26日/孤軍奮闘
 自分で取り付ける自信がなくて買ったまま放っておいたパソコンのメモリーを、いよいよ自力で増設する。こわごわパソコン内部を開け、差し込む。基盤で指を切ってるのも気付かずに奮闘。どうにかこうにかセットしてみたが、今度は背面のパネルが閉まらなくてしばし気が動転。兄に電話して泣き付くが、結局ひとりでやるしかないと諦める。半べそ状態で「もしこのまま壊れたら数十万円のマックがパア……」と絶望的な気持ちで努力を重ねる。なんとかパネルが閉まり、無事マックが立ち上がったときは涙が出るほど感動したのであった。


《お帰りはこちら》
▲HOME ▲F-FILE ▲sesami's travel ▲カメライダー▲すれすれ草 ▲レッツ・リンク