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カメライダーのひとりごと


音のない旅/初夏の九州
@94 spring

 初めて行った九州ツーリングで出会った女の子ライダーの、忘れられない思い出です。今どうしてるかなあ?
(1/6/2001 up deted)


●音のない旅

 「やっちゃった……」。私は宮崎の海辺にたたずみながら、自分のまぬけさに呆れていた。

 その日の午後フェリーで宮崎に上陸し、道沿いに並ぶフェニックスの木を見てしばし南国情緒にひたり、日南海岸のサボテン園などに立ち寄ったあと、海岸でキャンプするつもりだった。その浜辺では、少し離れたところで2人のライダーがテントを張っているのが見える。キャンプ場ではないが、テントを張っても許されそうな場所だった。夕陽が沈み始め、とってもグーなシチュエーション。さてテントを張ろうと備品を出し始める。そこで私は気づいたのだ、テントのポールがないことに。なんてこったい。ポールがないとテントが張れないじゃん! 

 前にツーリングに出たときに、テントを洗って仕舞い、ポールが袋に入らなくなってしまって別にしていたんだった、そういえば……。ああ間抜け。出かける前に気づけよ。

 さっき海岸で会ったライダーが、今夜は宮崎のユースに泊まるって言ってたなあ……でもそこで会ったら、私のまぬけぶりを話さなきゃなあ……。と思いをめぐらす。そうこうしてるうち、夕陽はどんどん沈みあたりは夕やみに包まれ始める。面倒くさくなった私は、このままそこでキャンプすることに。しかし、遠くに見えるライダーたちに、悟られないようにしなくては……「テントのポールがない」情けないことを。

 テントを広げてみるが、それだけでは高さをキープできない。そこで私は考えた。「これはどうだ!」と、カメラの三脚をテント内に置く。とりあえずその位置だけでも、天井高はキープできた。それ以外のテント地は、だらーっとしていたけれど。ひとまずこれでよしとしよう。テントを地面に止めるペグも忘れてしまっていたので、海岸で拾った棒切れで代用する。そして私は、情けないテントの中で、九州上陸第1日目の一夜を過ごした。 

 翌朝、ひんやりとした気配で目覚めた。朝露に濡れたテントが重く湿り、寝袋の足元にまとわりついていた。冷たい。まだ5時30分だった。テントを出て、外から眺める。三脚の立ててある部分だけ盛り上がり、あとは地面にへばりつきそうな、しょぼいテントだった。つぶれているといっても過言ではない。とても女が寝ていたとは思わないだろうな、遠目から見たら。ああ恥ずかしい。上る朝日にテントと寝袋を干し、コーヒーを沸かしてすすったあと出発。

 それから九州を横断し、反対側に出たら北上し、さらにまた逆横断して、フェリーに乗って帰るつもりだった。宿はいきあたりばったり。というか、ひさびさにキャンプづくしで初夏の九州の自然を満喫して旅するつもりであった。なのにテントがこれではなあ……。予定を変更し、残念だがユース中心に宿を探すことにした。ガイドブック情報によると、ユースではないが、えびの高原に温泉のある安い宿泊所があるとのこと。泊らずとも温泉に入ってみたいと思っていたところだった。そこまで道中の自然を楽しみながら、バイクを走らせた。

 それほど遠い距離でもなかったので、夕方よりずいぶん前にそこに着いてしまった。宿泊手続きをしようと管理窓口へ行くと、ライダーらしき服装の女の子が係の人と話をしていた。そういえば入口にバイクが止まっていたっけ。しかし、話をする係の人の口調がきつい。なんだろう? と思って見ていると、予約ハガキらしきものを手に、あれこれやりとりしている。女の子の発音はたどたどしい。ようやく話がまとまったようで、女の子は窓口を離れた。係の男性は彼女の背中を見ながら、「なんだ、耳が聞こえないのか」と言っていた。嫌な感じの言い方だな、とちょっと気になった。飛び込みの私の部屋は、さっきの彼女と相部屋だった。“耳が聞こえないのか……でも、さっきのやりとりの感じだと、手話でもないのに相手が言ってることはわかるみたいだったよなあ。”と思いつつ、荷物を持って部屋へ。

 私と相部屋であることはさきほど彼女は聞かされていなかったはずなので、あいさつのあと説明。くったくのない笑顔で、彼女はよろしくねと答える。かわいい女の子だ。耳が聞こえないのにバイクに乗っているということに私は内心かなり驚くとともに、関心があった。彼女の無邪気な笑顔が印象的だった。

 荷物を少し整理してから、お風呂行く? と聞くと、行くというので一緒に向かった。露天風呂で、何人か先客がいた。私にあれこれ話しかけるが、彼女の発音がたどたどしいためか、周囲の先客達は私たちに好奇の目を向ける。しかし彼女はそんなことを気にしている様子はない。ここでも彼女はくったくのない笑顔を見せ、私に話しかける。露天風呂が珍しくて楽しいようだった。お湯につかりながら私が何か彼女に言ったとき、まゆ根を寄せて困った表情をしながら彼女は「もう一回言って」と頼んだ。“そうか、やっぱり、唇の動きで言ってることがわかるんだ”と思った。それで、意識してはっきり発音しながらしゃべった。

 風呂からあがって、部屋でそれぞれ食事。お互い、途中で仕入れてきたちょっとしたものだ。キャンプ用に持ってきたインスタントみそ汁をわけてあげると、彼女はものすごく感激してくれた。いや、それほどのものではないのに……。炊事場でお湯をわかす彼女に横から話しかけたが、こちらを向いていなかったので通じなかった。そのとき、“お互いの顔を見て話すこと”が話の基本であることを思い知った私だった。彼女と話をしたいときは、前に回ってアイキャッチしてから話すようにしなければならなかった。“人と話すこと”ってこういうことだったんだな、と小さなショックを感じていた。

 その夜、彼女といろんな話をした。彼女はハタチで、仕事を休んでの、初めてのロングツーリングらしい。免許をとった教習所の話、街を走っていてバイクに並走され手で「左に寄れ」と示された話(そのライダーは、彼女のバイクのウインカーが点きっぱなしだったのでクラクションを鳴らして教えていたのだが、反応しないので止めて教えてあげたのだった)。

 私は、自分が音のない世界でバイクを走らせるなんて想像できなかった。危険を知らせるクラクションも、エンジンの微妙な音の変化による調子の良し悪しもわからないだろうからだ。いろいろ聞けば聞くほど私は彼女のことをすごいなあと思った。素直にそう口にすると、彼女は不思議そうに答えた。「よくみんなすごいって言うけど、ぜんぜんすごくなんかないよ。バイクに乗りたくていろんなところへ行きたかったから、そうしてるだけなのに、みんな、すごいねえって驚く。普通のことしてるだけなのになあ」。ああそうか。レベルは違うけれど、私も一人でバイク旅をしていると、「すごいねえ」とよく言われたので、なんとなくわかる気がした。自分はぜんぜんすごいことをしてやろうとか、すごいことをしているつもりは全然ない。したいことを、やりたいようにやっているだけ。その気持ちは通じるものがあったので、「そうか、そうだよねえ」と頷いた。

 彼女が子どもの頃、親子でキャンプして寝ていたらいつのまにかテントの外に転がっていたという話などに笑いあう。彼女は私がこれまで旅してきたところのことも聞きたがった。「どこが一番良かった?」「そうだなあ、北海道知床の熊の湯キャンプ場かな。キャンプ場の前に無料で入れる露天の温泉があるの」「行ってみたいなあ! 知床ってどのへん? キツネはいる? キツネは“ケーン”って鳴くの? 聞いてみたいなあ」などと会話は続く。

 今日は風が強いねと私が言うと、「寝るときに風の音が恐いっていう人がいるけどね、私は聞こえないからぜんぜん恐くないよ」と言う。

 強がりで言っているのではなく、素直にそう思っていることが感じられた。ものすごく純な子だなあとせつない気持ちになりながらも、彼女との話は続く。やがて、急に部屋の明かりが消え、2人とも「うわー」と驚く。消灯時間になると電気が切られてしまうらしかった。そんなこと聞いてなかったぞ、係のおじちゃん。暗くなると、彼女が私の唇の動きを読み取れなくなってしまう。暗さに目が慣れてきてから、私はがさごそとバッグから懐中電灯を取り出した。10時なんてまだ眠くないし、いきなり中断された話も名残惜しいし、紙とペンを出して筆談を始めた。筆談でもあれこれと旅の話は続く。だんだん疲れてきた頃、“そろそろ寝る?”とお互いに寝ることにした。

 翌朝、彼女と一緒に宿の前で記念撮影をし、一緒に発った。近くの名所、“賽の河原”へ行き、2人で見て回った。硫黄の匂いと黄色や白の蒸気があたりに立ちこめていた。一人で見ると気が滅入るような景観だけど、「すごい、すごい」と感嘆する彼女と一緒だとなかなか楽しかった。そこを出て、お互い目指す行き先が別々だったのでお別れ。彼女は南下して鹿児島方面へ、私は西の天草方面へ。手を振りあって別れた。

 その後続けた九州の旅のどの思い出も、彼女との出会い以上にインパクトのあるものはなかった。生駒高原のポピー畑、高原の寒さに震えて朝から公共浴場に入ったゆふいん温泉、天草の海や長崎の異国的な街並み、別府温泉の地獄めぐり、阿蘇の山並みや草千里のみどりのじゅうたんなどの雄大な景観……そしてめぐりあったいくらかの人々。それらは確かにいい思い出だ。でもこの旅を振り返ったとき、すべてが霞んでしまうほど、彼女との出会いはくっきりとしたもので、いつまでも忘れられない。何よりも、“人と話をすること”の基本を胸に刻みつけてくれた。いろんな気持ちの大切さを教えてくれた。仕事でいやなことが続いていて、リフレッシュをかねた旅だったけど、まだまだ頑張ろうと思わせてくれた。

 翌年、「教えてもらった北海道の熊の湯に行ったよ!」と彼女から年賀状が届いた。その後、どこか一緒にツーリングに行こうという約束はかなわず年賀状のやりとりも数年して疎遠になってしまったが、きっと今も彼女は旅しているはずだ。行きたいところが山ほどあると言っていた彼女だから。彼女の音のない旅は、どこかで続いていることだろう。旅先で出会う人たちをどれだけ勇気づけているか、彼女自身は気づくこともなく。


※このときの旅が私の最後のロングツーリングとなっております。すっかり動かなくなったバイクを直す労力と、ブランクを埋める気力が失せたまま乗らなくなってしまってはや数年。でもこの彼女との出会いの話だけは、バイクに乗っていた時期の忘れられない出来事として、20世紀の思い出のひとつに書き残しておきたかったのであります。

▲顔がほとんど見えないけど、左が旅で会った彼女、右が私です。

▲長崎あたり、雨の中をずっと走っていて、ふと気付くと大きな虹が。

▲阿蘇の山々を埋め尽くす、緑のベルベットのような草並をバックに。



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