カメライダーのひとりごと


キャンプができない!/忘れられない京都の宿
@90 spring

 こちらは前回アップ(といってもかな〜り前ですが……)の「光のない道で」の旅の続編です。この宿(と思われる)のその後をご存知だったりする方がもしいらっしゃいましたら、ご連絡請う!
(1/6/2001 up deted)


●キャンプができない!

 静岡でのライト破損事件後やや落ち着きを取り戻し、翌日、ユースで同宿だったべスパのライダーと静岡の観光スポットなどに寄り道しながら京都へ向かった。私は出したくてもあまりスピードが出せない性分で、遅れをとるまいと気を遣うので人と走るのが苦手だった。しかしべスパとは排気量の違いもあって、いくら私が押さえて走っても、べスパよりは速かった。うしろを走るベスパくんの必死な気持ちはわかるので、気を遣いながらスローペースでのろのろとゆく。四日市近くで交通量が増えてきて、しかも大型トラックばかりでかなり恐くなってきた。行き先が異なるべスパくんとは、そのあたりまで一緒だった。それからべスパくんと別れ一人になり、自分のペースに戻って一路京都を目指す。しかしその時点でもう夕方。宿泊先を決めていなかったが、とりあえず一刻も早く着かねばと飛ばす。その日の宿泊先として頼りにしていたのは、その頃京都に行っているはずの友人のみという無計画さ。行けばどこか宿ぐらいあるだろうと甘く見ていた。今思えば、ゴールデンウイークの京都をなめていたなあ。

 その後、奥歯まで震えるほどの寒さだった鈴鹿の峠をカッパを着て乗り切り、日の暮れかかってきた国道をひた走る。ほとんど休まず、時折ある道路案内を唯一の頼りに、京都市内に着いた頃は夜9時を回っていた。遠かった……。寒い中、長時間走っていたので腰がへろへろ。しかし、ほっとしたのも束の間、頼りにしていた友人と連絡が取れなかった。

 さてどうしたものか。京都のユースに電話をするも、満室とのこと。東京都内でキャンプする場所もほとんどなかろうが、京都も負けず劣らず。ならばいくらかかろうと仕方あるまいと、飛び込みで宿探しを始めた。駅近くの中規模のホテルをいくつか回るが、どこも満室とのこと。フロントの人から、近くに旅館があるとの情報を聞きつけ、わらにもすがる思いで呼び鈴を押す。インターフォンから返ってきた言葉は、「旅館は隣ですよ」。あせっていたので、間違えてしまった。本物の旅館もやはり満室とのこと。このままいくと、「おいらは宿無し」。どうしよう。道端で寝る手もあるが、一応女だしな……。そのあたりで開いていた店のおばちゃんに事情を話し、宿情報を聞く。「ゴールデンウイークだしね、どこも満員じゃないの。あっちのほうにラブホテルあるけどね、一人でも泊めてくれるかもよ」。おばちゃん、人ごとだと思って……。しかし、こうなったらそうするしかないかもしれない、と覚悟を決め始め走り出した頃、灯のともった木戸が目に付いた。見れば木戸の奥の玄関は開いている。「これはもしや旅館!?」興奮した私は、「もういくらかかろうとかまうものか!」とやけっぱちな気分になり、門の前に立った。声をかけると、人のよさそうなおばちゃんが出てきた。「ここ旅館ですか? 泊まりたいんですけど、空いてますか?」とおそるおそる聞くと、「大丈夫ですよ。でもうちは素泊まりだけで食事は付かないですけど」との答え。泊まれるだけでよござんす、よかった! して、宿泊料は? と尋ねると……。1500円。へっ? 拍子抜けしたと同時に、内心、「ここはどんなとこなんや……」とおびえた。しかし背に腹はかえられない。おばちゃんも悪い人ではなさそうだったし。

 案内された部屋に向かうとき廊下で、下着姿の中年の女の人と連れ立って歩く男と出くわし、私のヘルメットに気付いた女の人から「あら、バイクなの? すごいわねえ」と声をかけられた。びくびくしながらもへらへらと別れ、自分の部屋へ。びびるぜー。しかし、戸を締めてまたびびる。なんと鍵が、戸と柱に金具をかけあうタイプのもの。今どき田舎のトイレにもないよ、こんな鍵。安心はできないが、ひとまず寝床が確保できてよかった。そういえば夕飯を食べていなかったと思い出し、食べ物を買いにまた外へ。ろくなものは手に入らなかったが、食べ物を胃に入れると少しほっとした。テレビがあるのが唯一の救い。しばしテレビを見て、その後、せんべいぶとんで爆睡。

 ふつうの女ならこういう宿には一泊で十分とそうそうに翌日チェックアウトするところだが、私は違った。この先、紀伊半島まで行くつもりだったし、旅の予定はまだ一週間ぐらいある。昨日ぜんぜん京都観光もしてないしということで、連泊を決めたのだった。その宿は京都駅に近く、周囲にはいろんな商店があった。歩いて回ると、コインランドリーや銭湯もあった。そこで私はさっそくどちらも利用させてもらった。京都くんだりまで来て何やってるんだかなあ、と思いつつ、ひと風呂あびると元気になった。

 その日はバイクで京都の名所をあちこち回った。しかし京都は一人でまわるところじゃないなあ。

 次は奈良方面へと向かう予定だった。連泊したその宿を発つ朝、最初の晩に出迎えてくれたおばちゃんは私を見送ってくれた。あらゆる意味で忘れ難い、京都の宿だった。


※この宿、今もあるのかなあ……。その後何度か京都に行ってますが、はっきりした場所を覚えていないので確かめてないんだよなあ。あやしくて忘れ難き宿でした。その後、奈良、伊勢志摩と回り、伊勢神宮などにも行き、強風の海岸でテントが飛ばされそうな恐怖のキャンプをしたり、松阪ユースに泊まったりと、あちこちふらふらとしました。帰りはちょっと楽してフェリーで渥美半島まで渡りました。いろいろと悲喜こもごも、ハードな思い出盛りだくさんながらも、ひとつの仕事を辞め次の職場に入るまでの間のモラトリアム旅、心が癒されたツーリングでした、@90年。もうかなり前ですなあ。今なら体力的にもできないよ、こんなこと。



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