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巻第二十五 平成十五年 一月
■1月のコラージュ【前編】
パソコン2台のうちもっぱらノートのほうで用は済んでしまうので、半ばホームページ更新のためだけにあるようなマックを久方ぶりに立ち上げ、これを書いているのは2月も下旬。2003年もとっくに明け、ここを更新はしなかったものの当然ながらあれこれあったわけでして。仕事第一、第二に食事、第三に睡眠と遊び、を優先事項としているうちに、一週間が、一ヵ月がまたたくまに過ぎ……。そんなふうに日々がどんどん「今更」になりつつあり、どうしたものかと思ったが、今更ついでにアップすることに。というわけで、とっくに過ぎ去った1月をダイジェストで。今年の目標、かまってもらえないかわいそうなマックを週に一度は立ち上げること。でもねえ、iBook買うつもりもあり、そうなるとますますかまってやれなくなるかしら。
(2/24/2003Up dated)◆
◎2年連続初詣は鎌倉へ(1/1)
仏友でありカラオケ友だちであるヒロと去年も鎌倉へ行ったが、今年も初詣は鎌倉へ。去年はゆっくり鎌倉巡りしようと一泊したが、急きょ決めたせいで、そこそこの値段を取るくせにろくでもない所に泊まってしまい、今年は純粋に寺社を訪ねるだけにし、日帰り。とはいうものの朝から一緒に行動したほうが効率的なので、大晦日からヒロのうちで年越し。思えばここ数年、女同士でこんなことばかりしている。大晦日、私が手土産で持っていった日本酒と、ヒロのうちにあったワインを飲み、つまみと年越し蕎麦で新年を迎える。そして例のごとく酔って二人とも爆睡。
元旦、江ノ電に乗り、去年行こうとして時間がなく行けなかった長谷寺へ。ここには阿弥陀堂、地蔵堂、大黒堂、弁天堂・弁天窟、経蔵、稲荷社、宝物館などなどがあり、それらが小高い山の斜面に位置する境内に広がっている。ひとつひとつ見ていくと結構時間がかかるが、なかなか楽しい。まるで仏像ワンダーランドだ。
ここで楽しみだったのは、以前いとうせいこう氏著『見仏記』を読んだときから気になっていた、“中井貴一似仏”。どこにいるのかわくわくしながら、あちこち覗いてみる。するといたいた、阿弥陀堂に。ヒロいわく、「ひと目見てこれだっ、ってわかったよ」。確かに。仏像にしては面長なところとか、眉と目のつり上がり具合とか、かなり似ている。仏像を前にウケているふとどきものの私たちであった。この仏像は源頼朝が42歳のときに厄よけのため建立したものだそうだ。
弁天窟も楽しかった。洞窟のような中にあって、探検気分が味わえる。石の壁面には弁財天や十六童子の姿が刻まれており、それぞれの霊験が札書きされている。金運のところにロウソクが多めに灯っているのが、世相を反映しているなあ。また別のほらには、願いを書いて捧げられている小さな弁財天がずらりと並んでいた。岩壁の小さなくぼみのあちこちに、ミニ弁財天がちょこまかと置かれているさまは、笑いを誘う。弁財天は芸の神様ということで、バンドの成功を願うメッセージなどが多め。
そして経蔵。回転式の書架(輪蔵)を一回転させるとお経を読むのと同じ功徳があるというもの。以前奈良や長野でもやってみたが、とりあえず新年なのでやってみた。無宗教のくせになあと思いつつ。しかし何といってもここで目を引いたのは、片隅にひっそりと横たわる弁財天の像(非売品)。ほかにもいくつか、このお寺に実際あると思われる仏像のミニチュア版が並んでいて、値札が付けられてるのだが、なぜかこれだけ非売品なのだ。しかも乳房もあらわで、寝姿のポーズも実にエロい。私とヒロは、「これさ、住職の趣味で作ったんじゃない」「お気に入りだから非売品なんだよ」と勝手に想像しささやきあう。新年早々、楽しいものが見られた。
境内の片隅は、海が望める展望台になっている。浜辺の方の上空では、とんびがくるりと輪を描いて飛んでいる。「私はあのとんびに唐揚げをさらわれた」とヒロが言う。以前仕事でこのあたりに来て、昼食にお弁当を買って浜辺で食べていたら、はしで掴んでいた唐揚げをさらわれたのだそうだ。とんび恐るべし。「とんびが群れているあのあたり、被害にあっている人がいるよ、きっと」。
夕方寺社が閉まる前に駆け足で鎌倉大仏を見に。確か小さいころに来たきりだなあ。大仏の体内に入り高いところから辺りを眺めてみたかったが、終了時間に間に合わなかった。
日が落ちてから、鶴ケ岡八幡宮へ。夕食は横道で見つけた家庭的なフランス料理店で。いきあたりばったりで入ったにしては当たりの店で、満足。なかなか楽しめた、2003年元旦。
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◎肺炎注意報
ご近所友だちのOと、3日に出かける約束をしていたのだが、「じゃあ午後ね」というぐらいで待ちあわせ時間をきっちり決めていなかった。当日、自宅とケイタイに連絡したがつながらない。へんだなと思っていると折り返しかかってきた。なんと入院中だという。そういえば彼女の夫が12月下旬に肺炎になり、私も一度彼女と一緒にお見舞いに行ったのだった。彼女は移らないようにと毎日のお見舞い時にはマスクを欠かさないようだったが、移ってしまったのか。旦那の方も39度の熱が続いたりし入院が長かったようだが、入れ替わりで彼女のほうもけっこう入院したらしい。肺炎、インフルエンザ、こじらせると大変なようなので気をつけなくては。
私はというとその後、喉がしばらく痛くて咳が出続けていたが、食べて栄養つけるよう気をつけているうち治った。健康なのがなによりだ。◆
◎冷蔵庫がやってきた
年末買った冷蔵庫が、年明け数日後に届いた。思えばこの半年というもの、温度がめちゃくちゃになってきた冷蔵庫をだましだまし使っていたのだった。不調の兆候はおもらしから始まった。去年の夏のある日、部屋に帰ってくると台所の床に水たまりが。冷蔵庫がおもらしをしていたのだった。やがて、冷蔵庫の中は、めまぐるしく温度変化するようになった。水漏れするならと、温度設定を下げる。するとどうだ。庫内温度がマイナスとなり豆腐が凍る日もあった。それではと温度設定のメモリを弱に上げても相変わらず野菜も凍る。日々私は冷蔵庫で凍り豆腐やシャーベット野菜を製造していた。そうかと思うと急にぬくくなる日もあった。牛乳が冷えていない、バターもぐんにゃり。その時期、まとまったお金を出すのがおしい時期でもあったので、私はそんな困った状況を半ば楽しみつつそのまま過ごしていたのだった。あまり食料を買いだめしないようにしつつ。
その頃やっていた仕事で覚えた「過活動膀胱」という医療用語がある。ひらたく言えば文字通り、膀胱の活動が敏感になり過剰に活動してしまうことなのだが、うちの冷蔵庫もやがて過活動するようになった。ある日寝ていると、何かの音で深夜に目が覚めた。目覚ましは鳴っていない。音は台所から。そう、台所に行ってみると、冷蔵庫がうなりをあげていた。冷凍室の扉を開けると、モーターのファンがものすごい勢いで回転していた。しかし、扉を開けると回転は弱まり、やがて止まった。やれやれと扉を閉めると、またうなり始める。何回か扉の開け閉めを繰り返したあと、あきらめて寝た。いつしか冷蔵庫の過活動は止んでいた。
年末、気に入った冷蔵庫が手頃な値段で見つかったので、手を打った。次に冷蔵庫を買うときは引き出しタイプの野菜室があって、あまり使わない冷凍室は一番下のタイプに、と思っていたが、どんぴしゃり。やあいらっしゃい、冷蔵庫さん。届いてしばらくは開け閉めするのも楽しかった。しかしなあ、今度冷蔵庫を買うときは結婚のとき……と内心思っていたのだが、予定はないなあ。
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【↓後編
=すみません、これから出かけねばならないので、本日夜帰ってきてから書くつもりです】◎10年目の『羊をめぐる冒険』
◎ボン・ジョビドームライブを堪能(1/16)
◎個性豊かなミュージシャンたち聴き比べ/渋谷クアトロ(1/18)
◎映画年初め(1/15・22)
◎イラク周辺国について深夜思う(1/21)
◎演劇『トーキョー・ボディ』/宮沢章夫氏演出(1/30)