![]()
巻第十七 平成十四年 五月
※初めての方は一番下からお読みいただくと、日付の順に見られます。
■つながる 泳ぐ お風呂(5/27)
なんか三題噺みたいなタイトルだけど、まあ、オチは期待しないでください。
ようやくADSLに再度つながった。思えば先週から長い道のりだった。
パソコンのリカバリ後、接続はされているはずなのにブラウザがページを読み込まない、という点が何度試してもクリアにならなく、またまた問い合わせ。ファイアーウォールとウイルスチェックのソフト会社は、型通りの答え。一端ソフトを削除してから、最新版をダウンロードすればうまくいくかもしれないとか。あとは、ADSL設定環境に問題があるかもしれない、とのこと。でもねえ、再インストールしてからあまり環境いじってないはずだし、前は普通にインストールしてつながったし……と思いつつ、ソフトを削除する前にNTTに電話。今月はNTTとソフトのユーザーサポートセンターの常連のわたくし。以前出たのとは違うらしき男性が、いろいろとシステムや設定内容を確認していってくれる。どれも問題ない。ただ、どうもパソコンの動きが鈍いので、再起動を勧められる。待つ。また数箇所確認。向こうもなかなか根気強い。私がふと、ウイルスチェックのソフトの会社に言われた、「ブラウザ読み込み時の初期画面がブランクになっていてつながらない人が、フレッツでいたらしい」と話してみると、その箇所の見方を教えてくれた。そこがやはりブランクだったので、入力。向こうからは指示されなかったが、ついでに下のチェックボックスはそのままでいいのか聞くと、普通はチェックされていない設定のはずだという。これも問題の一因だったのかもしれない。接続ツールのインストール後、設定をいじっていないのになあ。ブラウザのセキュリティレベルを上げたからだろうか? パソコンってやつはよくわからない。が、その後、ようやっとページが表示された。やれやれだ。根気強く丁寧におつきあいしてくれたユーザーサポートの方に感謝。
気付くと、また一歩も外へ出ていないうちに夕方。銀行も行かないと、と慌てて外へ。ご近所で買物してきたあと、スポーツクラブへ。首・肩の痛み後、しばらく激しい運動は控えていたが、筋肉を鍛えるべきだという話もあったので、室内体操やストレッチ、軽いダンベル運動ぐらいはしていた。しかし、今日こそは久方ぶりにプールへ行くぞ、と意気込む。冬場は泳いでいなかったから、もしかして今年はプール初デビューかも。
いざ初デビュー。とはいうものの、体力にまだ自信がなかったので、まずは水中ウォーキングから。以前はなんでプールで歩いている人がいるのか不思議だったが、これって車の慣らし運転みたいなものだよね。エンジンを温めるように、からだを温める。だが今日の私はひたすら暖気運転。ちょうどアクアビクスの時間で、みんな楽しそうにやっていたから一瞬そちらをやりたくなったが、久しぶりに来ていきなり無理はいけない。音楽を聞きながら私は歩く。歩き続ける。前向きに。そして後ろ向きに。結局30分歩き続けた。
ウォーキングだけして帰るのもなんなので、少しだけ泳ぐ。医者は、平泳ぎは首に良くないと言っていたけれど、平泳ぎ派の私はいきなりクロールはできないので、やはり平泳ぎ。やっぱり泳ぎは疲れる。去年8月に、数年ぶりにプールデビューしたときよりはまだましだけれど。休み休み、25mを数回泳ぐ。すでに腕の筋肉が張っている。最近まじで、「箸より重いものを持たない」ような生活だったかも。室内にいる時間が多いし。反省。体力づくりもゼロからスタートか。しかし千里の道も一歩から。
帰ってから、ぬるめのお風呂。昼風呂に音楽で味をしめて以来、ここのところ、夜にもたまに音楽をかけながらお風呂に入る。雨の日はジャズ、映画のサントラと何枚か試したが、どうもリズムが早かったりビートの効いた音楽はお風呂ソングには合わない気がする。ここ数日のお気に入りは、ピーター・ガブリエル。彼のハスキーな声が好きなのだ。アルバム『US』は、ちょっと環境音楽っぽい音楽性なのも、お風呂ソングに向いている感じ。夜なので、控えめのボリュームでかける。
自分の弱っちい筋肉を情けなく思いながら、ぬるめのお湯の中でじわじわからだが温まってくるのを感じる。バイクにも暖気運転が重要なことなのをふと思う。エンジンを温めないで急に走るのを続けたり、長いこと乗らないとバッテリーがあがったりしてしまう。からだもおんなじ。じわじわ、じわじわ。慌てずに。
(5/28明け方Up dated)
■眠れずに寺山修司を読む夜明け(5/26)
「日曜の午前中はスポーツクラブに行って、夜は映画『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』を観に行く」と、前日から決めていた。しかし、午前中に起きたものの、なんとなくパソコンをいじっていて、スポーツクラブは午後からでいいやと先延ばしにする。やがて、週末に銀行へ行き忘れていたことに気付いた。財布の中には2000円と少々。
その映画は日曜最終回なら1000円だから、行こうと思えば行けなくもないのだが……。結局やめた。来週は、毎年友人U子と祝いあっているバースデー外出日。しかしU子はあの手の映画が好みではなさそうだから、また次の機会に行くことにしよう。夕方、恒例のご近所散歩。
しかし、ここのところ家にいてばかりで運動不足、たまの行き先も半径1キロ以内といったところ。夜型に生活時間がずれてきていて、早い時間になかなか眠れない。2時過ぎに電気を消してごろごろしていたのだが、眠れない。運動していれば眠くもなったのにと思うが、あとの祭り。観念して電気をつけると4時近く。
この際、本でも読むかと、未読の本を本棚から物色。小説だと逆に目がさえてしまう場合もあろうかと、エッセイを探す。植草甚一『古本とジャズ』。ジャズのことがわかるかと思い、買ったのは何年前だったか。寺山修司『人生なればこそ』。これも買ったのは数年前。本棚に並べてしまうと、なかなか再び手に取らなくなってしまうのだよねえ。
どちらでもよかったが、なんとなく寺山修司の方を選ぶ。重そうなタイトルとはうらはらに、中身は軽妙なエッセイ。1話それぞれの出だしは、歌詞(作詞:寺山修司?)から始まる。「●●のふしで歌っていただきたい」と各々に括弧書きであるものの、私のあまり知らない歌がほとんど。だが、それらの歌詞が、以下の話の内容を暗に示したものであったりして、なかなか面白い構成。
寺山修司が若者たちを相手に語るエピソードなどに、もう決して若者ではない私にも妙に共感できる部分があったりして、なかなか読み進むのが楽しい。
やがて窓の外が明るくなってくるころ、私は眠りについていた……。
この本についてもう少し書き足りないことがある気もするが、このときと同じく、1日後の今もそろそろ東の空が白み始める頃なので、今日のところはこれで……。
(5/28明け方Up dated)
■果てなき格闘/捨て続ける日々(5/25)
先日の木曜、ウインドウズのハードを初期化した。先週は何度パソコンを再起動したことだろう……。
ようやっとADSLの環境を整えたのだが、相変わらずウイルスメール続き。添付ファイルフォルダに残っているあやしいファイルのことでソフトのメーカーに電話したところ、リカバリを勧められてしまったのだ。MAGISTRというウイルスは、どのフォルダに潜むか分からなく、どこかで秘かにファイルを勝手に作ったりして増殖し、しまにはハードを壊す場合もあるのだという。ひぇえ。しかもOSがMeだと、自動バックアップ機能というもののために、一端削除しても感染フォルダが自動的にバックアップされるのだとか。ええぃ、うっとうしい機能め。
今のウインドウズは展示品を買ったからか、あとでシステムを覗いてみると、私が入れた覚えのないソフトもいろいろあったし、いっそきれいさっぱりゼロからスタートするべく、リカバリ。でもねえ、その後もろもろのソフトをまた入れ直し、ADSLにつないでみても、ブラウザがページを読み込まないのだよね……。何がいけないのか……。ああ、パソコンとの苦闘は果てしなく続く。くー、ウインドウズなんか、ビル・ゲイツなんか嫌いだー。幸か不幸か、パソコンを使う仕事があんまりない時期で良かった。
パソコンも2台持ってて良かった。しかし、マックの方はもう古いから、新しいのが欲しい……。ウインドウズを下取りに出して、買い替えようかな……とぶつぶつ愚痴る。
そんな作業でくさっていた頃、友人MUGICOから、「打ち合わせの空き時間に会わないー?」とのお誘い。ずっとアンインストール、再起動、インストール、待ちながら他のことをする、という作業に飽き飽きしてきた私は、金曜の仕事予定がキャンセルになったこともあり、お誘いに乗る。1週間振りに近所を離れお出かけだー。共通の友人Kも来て、池袋パルコの上のエスニックレストランで昼過ぎに3人でお茶。1週間ほとんど人と会話していなかった反動で、会話の飢えを癒すわたくし。MUGICOはこのページを読んでくれていて、この頃の私の首の痛みのことなど知っていたのだが、知らなかったKに、話せば長い物語を語るのであった。ウインドウズのトラブルの話も、長い長い物語。ずっとマック派の2人には他人事だろうが、その恐ろしさは十分伝わったようであった。って、怪談か千夜一夜物語かよ。通し営業のレストランはいつのまにか5時からの夜の部になってしまい、テーブルにキャンドルを灯す時間になってしまったし。それにしても、あー、よくしゃべった。
あー、そうだそうだ、MUGICOのダンナ(カメラマン)が来月個展を開くので、お時間のある方はぜひお立ち寄りください。MUGICOはフォトエッセイを担当したそうです。
夕方、2人と別れ帰ろうとするが、マック用のソフトを買おうとしていたのを思い出し、ビックカメラへ。しかし、6年前に購入した私のマックのOSに対応しているソフトは売り場になかった。当然か……。やっぱり買い替えかなあ。無目的に売り場をうろつき新しいマックを物欲しげに眺めたあと、なんとなくデスクや椅子のコーナーへ。あれこれ座ってお試ししているうち、座り心地が良く、肘かけの位置もベストな椅子を見つけた。これならからだが楽そうだ。ラックも、今使っているものはガタがきているので、今度併せて買おうと考える。
パソコン周りの模様替えについてあれやこれやと考えているうち、部屋の隅々のほかのことも整理したくなってきた。土曜の午後、まずは、たまりにたまった雑誌のお片付け。雑誌の入ったラックを持ち上げ移動しようとするも、あまりの重さに持ち上げられず。で、ちまちまと取り出しながら分別。また読もうと取っておいたはずなのだが、これらをさらに残していては雑誌は限りなく増え続けてしまう。また読み直したい、というもの以外は捨てる山として分けるが、それでも1/4ぐらいは残すことになってしまった。それに途中で、しばらくぶりに開くページに読み入ってしまい、分別し終えるともう夕方。やれやれ。それでもまだチェックしていない雑誌は本棚の片隅にある。
文庫やら単行本も前に分別したけど、本棚の奥を覗くと、捨てても未練のない本がまだまだある気がする。何度も読み返す本ってそうそう多くないし。でも、本を捨てるのはもったいない。これらも今度より分けて、古本屋に送ろう。ああ、こちらも果てしなき苦闘である。苦闘は続く……。
(5/26Up dated)
■見知らぬ侵入者(5/21)
からだのほうはお陰様でもうほぼ何ともなく、薬も必要ない感じ。余った2週間分の薬をどうしてくれようか。また、枕を換えてよく夢を見るようになったのは先日触れたとおり。そんな今日この頃、月曜の朝、やけにはっきりとした夢を見た。
場所は今住んでいるアパート、寝ていたところを何やら外での話し声で起こされ、外に出ようとするとドアのカギが開いていた。外にいたのは隣の住人の女性(実際は違う)と、見知らぬ男性2人。私たちのアパートにドロボウらしき人が侵入しようとしていたという誰かからの知らせを聞き、見に来たという。私のところはカギが開いていて寝ていたものだから、何か盗まれていやしないかと心配になり、確かめようとする。すると、外にいた男性2人も部屋の中についてきて、「何か盗まれてますか」と見ている。その時点でおかしいと思った私は、「外に出ててください。警察呼びますよ」と2人に言う。すると2人は逃げ出し、青だったか緑だったかの車で走り去った。そのあと隣の住人にあの2人と最初にコンタクトしたときの状況を聞くと、外からドアの覗き窓を覗き込んでいたのだという。私の家のドアを開けているあいだ、もう1人が見張っていたのかなと思った。
もうちょっと続きがあったかもしれないが、よく覚えているのはここらあたりまで。そして突然話はインターネットのことに変わるが、あまり関係ないようでいて、あとで考えると妙につながりがあるような気がするのは私だけだろうか。
先週ずっと設定や環境を整えるのに四苦八苦していたADSLに、ようやく月曜午後つながった。ファイアーウォールの最新バージョンもソフトのサイトからダウンロードし、安心した。つもりだった。翌日の今日、午後にちょこっとネット接続。と、10数分後、ファイアーウォールからアラートが。不正アクセスですと。こんなわずかなタイミングでよく……と驚きながら、ソフトにまだ慣れない状況ながらも「追跡」ボタンを押し、追跡開始。すると、数分後に解析された。向こうのパソコンユーザーは、イギリス、スコットランド。パソコンに登録されている名前まで出てきた。ポール。名字は忘れた。
しかし……。こんな一般市民のパソコンにまで、一瞬の隙を狙って侵入を試みる輩がいる。なんてこったい。これまでもアタックされてたのかと思うと、いい気分はしない。よく雑誌などに書いてあることだが、誰かのパソコンを踏み台にしてあちこちのパソコンへまた侵入するというやり方があるという。とすると、今回のポールのパソコンも、ひょっとすると誰かに侵入されていたのかもしれない。それとも単なる暇人のお遊びなのか。
それにしても、ソフトの機能の方にも驚いた。発信元の住所に近い位置まで確認できるなんて。これが逆だと考えると、恐ろしや。ソフトにまだ慣れていないのでその後、ログがどこかにいってしまったのだが、確かパソコン所有者の会社名らしきものも出ていたようだった。FBIとかはもっと高機能な内容のパソコンやソフトを使っているだろうから、同時多発テロのあとに、パソコンで連絡しあっていた実行犯たちのネットワークの流れを追ったとき、こんなふうに的確にたどっていったんだろう。
夜、外から帰ってきてまたメールを見てみると、ウイルスが来ていた。くー。もしかしてポールかよ。昼間のアラート検出後、向こうのIPアドレスを今後拒否するように設定したから、腹いせにウイルス送ったのだったりして……。
インターネットって、いいつきあいを育んでくれるきっかけでもある反面、こうして悪意をばらまく小道具にもなる。この頃ウイルスメール続きで、ちょっとめげている私であった。日々これ戦いである。
あの夢は暗示していたのかもしれない。おうちのカギはしっかりね、って。
(5/21Up dated)
■問題の糸口をたどり続ける一週間(5/18)
水曜に映画を観た帰り、日比谷シャンテ地下の枕専門店で、枕を買ってしまった。
首が痛くなった当日に買い換え、一週間ばかり使っていた枕は、テンピュールという枕の模倣品で、首を当てるところが5センチほど盛り上がっていて高くなっているものだった。中の材質はやわらかいので頭を乗せると若干つぶれるのだが、どうもしっくりきていない感じがあった。先週お医者さんが、枕には肩から乗せるといいと言っていたのでそうやって寝ていたのだが、どうもその寝心地がやや不満足だったのだ。
日比谷のその枕専門店には、簡易ベッドがあり、お試しができた。首のカーブも測ってくれ、私の首に合いそうな枕をいろいろ試させてくれた。店員さんが言うには、私の首の形状に合う枕の高さは、1〜2センチとのこと。それに、枕に肩を乗せていいのは、かなり大きい枕の場合で、そうでない場合、乗せると逆効果な面もあるとか。
そんなお話をあれこれ聞きながら、羽根枕、パイプ枕と、とっかえひっかえ試させてもらう。ソバガラはどうかと聞くと、意外と固いので私のように首に問題のある場合にはお勧めしないとのこと。パイプ枕だと高さの調節がきくし頚堆をある程度支えてくれるというが、今の状態なら羽根枕が無難とか。お値段、1万円。うーん、こんなことなら最初からこっちを買っていれば良かった……。高いとは思ったが、毎日のことだしな……と、買ってしまった。
翌朝起きたときの感触は、期待していたほどすっきり快適、というものではなくまだ若干首が痛んだが、それは枕のためではないだろう。この一週間ちょっと、毎朝のことだったからだ。それでも日一日と痛みは軽くなってくる。首を痛めてからあまり夢を見ていなかったのだが、ここ数日は夢を見るようになってきた。回復に向かい、安眠できているということなのだろう。今朝、土曜の朝が最近では一番調子が良い目覚めだった。
木曜には1週間ぶりに病院へ。1時間待って、ちょっとした触診と相談で、10分少々で終わり。良くなっているのに2週間分のしっぷと薬(前回と同じ)を出される。痛まなければ薬は飲まなくてもよいと言うけれど、なんだか矛盾している。
今は回復しても、骨自体に問題がある限り、おそらくまた将来的に悪くなることはあるだろう。インターネットで見つけた接骨院さんに相談をしてみたところ、親身に答えてくれて嬉しかった。そこの院長さんいわく、自分自身、あまり自慢できる頚椎の形状ではないらしいが、筋トレなどを欠かさないので痛みなどはなくなっているとのことだった。そのことが頭にあって、先日病院に行ったときに、いつごろから運動などをしていいのか聞いたのだが、まだしばらくしないほうがいいと言われてしまった。水泳もまだダメだって。しかも、平泳ぎは首に良くないのだとか。私、平泳ぎしかできましぇん。あと、うつぶせ寝も良くないらしい。ときどき無意識のうちにしてしまっていた。これまで首に良くないこといろいろしてきたのだなあ。
今後、何か対策・治療が必要なのかどうか気になり、今週いろいろと健康情報を集めていた。まずは雑誌(誌名がちょっと買うのをためらわせる『わかさ』6月号)で、からだのゆがみについての特集を見つけ、読みふける。猫背などの姿勢によって生じる、からだのさまざまなゆがみが不調を招くようだが、調査によるとどこかしらからだがゆがんでいる人が大半なのだとか。私だけではないと変な安心感を抱くが、痛む前に日ごろの生活に気をつけることも大事だと改めて反省。でも、まずは軽いストレッチや体操、リラックスしてのお風呂から始める。これまで牛乳は毎日飲んでいなかったけど、意識して飲む。先日仕事先の人たちが、軟骨の状態も影響がありそうだろうということで、コラーゲンを摂ることも勧めてくれた。それはまだ実行していないけれど、知識だけはすっかり健康おたくのこの頃のわたくし。
また、インターネットで検索して、なるべく通いやすくて良さそうな病院の情報も集めていた。なるべく実際に行ってから不満は持ちたくないからね。しかし、いい病院がすべてホームページを開設しているわけではないから、難しいところである。そもそも、骨や神経などに異常があったとき、素人には何科を受診すればいいのかすらわからない。だから総合病院に行ってしまう。それに、骨の診療に関する限りでも、整形外科、接骨院、整体、整骨院とさまざま。その違いや病院の医療内容の特徴なども千差万別。医者は痛みのあるときの整体通いは勧めていない。接骨院と整体(カイロプラクティク)は似て否なるものらしい。そして整形外科ではレントゲンを撮ってくれるが、接骨院では撮れない。ふう、知らなかったことがたくさん。病院探しも手間取るし、数に当たれば迷いも増える。やれやれだ。
そうやってネットサーフィンしているうち、パソコン族に役立ちそうなサイトをいくつか見つけた。パソコンを長く使うときなどに、からだに悪影響を及ぼさないパソコン周辺環境と姿勢についてのサイト。肩こりのすべてがわかるといって過言でなさそうなサイト。肩こりといっても馬鹿にできなさそうである。私も最初は肩こりから始まったことだし。
とまあ、そんな健康問題探求週間だったわけだが、ネット環境においても問題を追求する週であった。先月末にはADSLを始められる環境になっていたのだが、それに伴うもろもろの設定をじっくりできる時間がなく、今週にまで延びてしまっていたのだった。いざ設定を始めてみると、これがつながらない。NTT、プロバイダ、LANカードの製造元と、あちこちに電話をするものの、サポートセンターになかなかつながらないことも多々あり、結局、問題点がわかるまで数日を要してしまった。NTTから送られてきた接続ケーブルが、うちのLANカードだと接触不良になっていたらしい。そういう報告がよくあると、最後の最後に問い合わせたNTTの人が言っていた。NTTへの問い合わせはそのときで3回目、最初から言ってよという気がしたが、担当員に誠意が感じられたのでまあ許そう。ケーブルを変えたら一発で通じた。
しかし今度は、ファイアーウォールソフトを入れたらネットにつながらない。またまたあちこちに電話。これは、インターネットエクスプローラーは使っていないので先日削除してしまったことが原因だった。エクスプローラーの機能がそのソフトには必要なのだとか。
ああ、どんな問題においても、その原因を探り、解決するのは大変……。こちらもさまざまなことを勉強し、知るようにしていかないと、自らの首を締めることになる。
今週、複数の医師やサポートセンターでのやりとりを通じても、そのことを感じた。問題の可能性を狭い視野でしか見ようとしないタイプと、さまざまな視点を提示してくれこちらに安心感を与えてくれるタイプの人とがいるのだ。人の振り見て我が振り直せ。何事においても人生、日々勉強である。
(5/18Up dated)
■映画『バーバー』/ユーモアの方法論(5/15)
月・火と自宅こもり中心で大人しくしていて、首の具合はだいぶ良くなった。朝に首がかすかに痛み、また、机に向かってパソコンなどをしていると首や肩の筋肉はまだ張っている感じはあるものの、もうほぼ普通に過ごせる。そこで、そろそろ普通の暮らしに戻るリハビリを試みる。その第一歩が、映画。って、実は久し振りに映画を見たかっただけなのであるが。
水曜、初夏の日差しのあたたかな天気。陽気の良さにつられ、ちょい薄着、素足にサンダルばきで出かけ、水曜割引のある日比谷シャンテシネで、コーエン兄弟監督の『バーバー』を観る。私が観たいと思う映画は、井筒監督が深夜番組「虎ノ門」で取り上げるものとかぶることが多い。これも先週監督がチェックしていた。番組で取り上げられる前から関心はあったのだが、あの番組で紹介されたとなると、割引日の夜の回はめちゃ込みが予想される。で、昼の回へ。
私にとってコーエン兄弟の作る映画(ビデオでの鑑賞)は、これまで“睡眠導入剤”だったのだが、去年映画館で観た『オー!ブラザー』で印象が覆った。ものすごく面白い、とは言い切れないものの、その感性が、そのときの私には肌に合った。彼らの映画の中では珍しくハッピーエンドだったという点や、劇場で観たという違いもあるかもしれない。彼らのユーモア感覚とその描き方はつかめてきていたので、今回もこれまでと大きく変わりはないだろうという心構えで、娯楽性は過大に期待せずに上映を待つ。
モノクロームの映像が映し出すのは、1940年代のアメリカ。くわえタバコが似合う無口でクールな床屋のエド(ビリー・ボブ・ソーントン)が、次々と皮肉な事件に巻き込まれていくという物語だ。いいことをしようと試みるたびに、よりバッドな展開に転じていく様子は、乾いたユーモア感覚に包まれている。ハードボイルドな喜劇だ。
先週、「虎ノ門」で井筒監督が、わりとこの映画は好きだったと言っていたが、舞台となる年代の設定に疑問を呈していた。「この世界を現代のアメリカを舞台で描けっちゅーねん」と。そういう手法もあったはずだと。
確かに現代を舞台にすればまた違った面白さはあったかもしれない。だが私としては、この映画、この脚本はこの時代背景で描かれる意味があったように感じた。というのも、エピソードの随所にかかわってくることごとくが、40年代という時代を反映するものであるからだ。まだ認められていなかった“ドライ・クリーニング”という新商売、新しい世界を運んでくるセールスマン、ロズウェル事件……。
エドが巻き込まれていく物語にからめ、たくみにそれらの題材を使いながら、コーエン兄弟はアメリカ的なさまざまなものを、ことごとく茶化していく。ハードボイルド、アメリカン・ドリーム、敏腕弁護士、アットホームな家庭、犯罪、UFOによる地球人誘拐の噂……。それらを終始クールに、表情を変えずに見つめているエドと事件の対比が、乾いた笑いを誘う。また、ハリウッド系の大作では、スタイルのいい美男美女が役柄の中心になりがちだが、コーエン映画では、かなり太目の男女が出てくる比率が高い。そこに何かしらのハリウッド批判のようなものも感じられると思うのは、勘ぐりすぎだろうか。しかしそこにあるのは、愛あるがゆえのものという気もする。
アメリカ系ユダヤ人だというコーエン兄弟が、自らアメリカを笑う。笑いにくるんだ皮肉なのか、あるいは皮肉にくるんだ愛なのか。または何のメッセージも意図もなく、ただ「いままでにないやり方で、こういう映画を作りたかった」だけなのか。嘘を重ねる彼らが作った、大嘘の世界。いずれにしろ、バランス加減しだいでは一歩間違うと後味の悪いものになりかねないところ、さらっと観ることができる。それでいて、人生のペーソスを感じさせる作りだ。エドの目を通したクールな人生観が、彼を取り巻く悲喜劇と絶妙につり合い、バランスをとっている。また、全篇に流れるベートーベンのピアノソナタも、全体をうまく調和させている。
救いのある展開ではないのに見終えたとき悲壮感を感じず、むしろ人生を肯定する気持ちになるこの感覚は、先だって読んだポール・オースターの小説『偶然の音楽』の読後感に似ている。そうだ、このこともあとで書こうとしていたのだった。今度、今度ね。
首当てを持たずに外出したこの半日。映画を観ている間、少しばかり首の後ろの筋肉が緊張気味だった。映画館の椅子って、頭の位置までの高さだとリラックスできるのにな。でも、そうすると気持ちよすぎて寝てしまうのかな。
(5/18Up dated)
■リハビリ的週末の過ごし方(5/10〜12)
◆水戸黄門の印籠的効果◆(5/10)
木曜、首の痛みのため仕事を一日フイにしたが、その翌日の仕事はどうしてもキャンセルできなかった。朝起きるとまた首と肩が痛んだが、行かねばならない。病院でもらった首当てパッドを念のためして、電車に乗り出かけた。電車の急発進や急制動があると、首が揺れるのでちょっと響く。でも、首当てをしているので心強かった。
その日は深夜までその事務所で仕事だったのだが、首当てを使っていたおかげでいくぶん楽だった。首にかかる頭の重さの負担が減るようだ。首や肩が痛んでいたのも朝方のうちだけで、それも前日ほどの痛みではなかった。
しかし、仕事中、書類を読むときはなるべく目線の高さまで持ち上げていた。だが書くときはそうはいかない。首当てをしたまま下を向いているとそれはそれでだんだんきつくなってくる。あごに圧力が加わる気がする。首当てはマジックテープ留めになっていて簡単に外せるので、ときどき外す。ついでに背中そらしなど軽い体操も心がける。
午後から夕方に向けてほとんど痛みはなくなっていたので、多少おおげさかとは思ったが、その日は大事を取ってなるべく首当てをしていた。会う人たちがいろいろ心配してくれるが、事の成り行きを話すと、みんな同業種として他人事ではないとわが身を省み始める。私も、以前、マッサージ師さんに「肩こりを放っておくと脳の血の巡りも悪くなるなど、とんでもないことになる」と言われたが、決して脅し文句ではなかったことを実感。
ちょっとブルーになったのは、先日相談した医療関係に詳しい人のお言葉。彼女のお母さんが、私と同じような症状らしい。第五頚堆の前側の磨耗、首や肩の痛み、さらには手のしびれ。けっこう若いときからそんな症状が出ていて、ずっと定期的に整形外科や接骨院に通っているという。首のあたりはいろいろ神経が集まっているから、それが圧迫され、痛みの原因になるとか。ひどくなると物をつかみにくくなるって……。むむ、お母さんの年代と同じ症状とは……。
でも骨密度とか、若くても少ない人いるらしいし、骨にゆがみのある人は多いというし。他人事だと思っていたけど、自分のことかも。関節がパキパキ鳴るのも、もしや軟骨が弱っているとか。いろいろ心配になる。骨のことあとでいろいろ調べよう。検査もしよう。いつも重い荷物を持ったりしょったりしていたけれど、それも首や肩に力がかかっていたかもしれない。荷物も減らそう。生活全般を見直そう。
そんな反省を胸に、首当てをして電車で帰る。週末、12時前後の電車は飲み会帰りらしき仕事人たちで混んでいるが、異様な首当てをしている私の周りの人々は気を遣ってくれているようで、いつものように押されるようなことはなかった。
朝も、心なしか私の周りをみんな避けていたような。いうなれば、水戸黄門の印籠的効果である。「この首当てが目に入らぬか、控えおろう!」という、無言のアピール。今後、首が痛くなくても混んでいる電車に乗るときはこれからしておこうかな。
その日はまともに夕食を摂らないまま帰宅が深夜になってしまったので、テレビで「虎ノ門」を見ながら軽く夜食。こういう生活しているからだめなんでしょうね、不健康で。
◆水の結晶にひたる◆(5/11)
反省として翌日の土曜、ゆっくり朝風呂に入りリフレッシュすることに。やはりまだ少々起き抜けは痛みがあったが、前々日ほどではないのが救い。午後から仕事で出かけるので、午前中はのんびりすることを決め込み、風呂を沸かす。
朝日新聞に、作家の高村薫さんの『最適のおふろソング』というインタビューが載っていた。彼女のお気に入りは、クラシックの『スターバト・マーテル』だそうだ。
それを読み、私も今日はお風呂ソングをかけようと思い立つ。最近買ったもののまだ聴いていないCDが何枚かあったので、それらから選択。映画『ストレンジ・ディズ』『アメリ』のサントラ。鬼束ちひろのニューアルバム。この頃はまっているロバート・ダウニーJr.の歌目当てに買った、『アリーmyラブ4』のサントラ。よし、今日はこれの気分。
CDデッキを移動するのが面倒だったので、風呂場のドアを開け放して、少し離れたところから流れる曲を聴く。ときどき湯からあがったり体を洗ったりはするが、音楽を聴いていると不思議とお湯につかっていたくなる。
ライナーノーツをまだあまり見ていなかったのだが、4曲目がお目当てのダウニーJr.の曲だということはチェックしていた。その4曲目、『CHANCES ARE』。ドラマ中でダウニーJr.が実際歌っていたときから、いい曲だなと思っていた。せつなさの漂うバラード。
続いて、スティングのヒット曲、『EVERY BREATH YOU TAKE(見つめていたい)』が聴こえてくる。ライナーノーツを読んでいなかったため、これから先の音楽はオリジナルの歌ではないものもあると思っていたが、実はアーティスト本人が歌っている曲が何曲かあった。これもそのひとつ。スティングとダウニーのデュエットだ。
やがてまた聞き覚えのある歌が聴こえてくる。お、ティナ・ターナーだ。そういえばドラマのゲストにも出ていたっけ。ハスキーなボーカルで始まる、『WHEN THE HEARTACHE IS OVER』。好きな曲のひとつだ。パワフルな歌声に元気をもらう。
音楽を聴きながら湯船につかるのは実に心地よい。しかしこのあたり(あとで数えると10曲目)から、そろそろあがりたくなってくる。『ALONE AGAIN』(13曲目)まででギブアップ。まだ曲は流れている。からだはすっかりぽかぽかだ。サントラの終盤はノリのいい曲が続く。トム・ジョーンズ、チャヤン。風呂上がり、アリーのドラマに出てくるキャラたちのように、曲に合わせてちょっぴり腰をシェイク、シェイク。おっと、首は振らないようにしないと。
以前テレビで、クラシックを流しているところに置いた水が、雪の結晶のようなきれいな模様を作っているさまを見たことがあった。流す曲によって、水はさまざまな形の結晶に移り変わるらしい。その日、うちのお風呂の湯は、どんな形の結晶を形作っていたのだろうか。想像すると楽しい。
気分も体調も良くなってきたところで、仕事へと出かける。朝風呂に音楽、時間にゆとりのあるときにはぜひ試したい取り合わせ。これからいろんなお風呂ソングを試してみたい。
◆眠るのにもパワーがいるらしい◆(5/12)
痛み止めでもらった薬のためか、眠くてたまらなかった日曜日。朝はわりと早めに目が醒める。午後からビデオを観ていたのだが、眠くて眠くてうたたねしてしまい、何度もビデオを巻き戻す。観ていてもところどころ記憶喪失気味になってきたので、15時ごろちょっと仮眠のつもりで横になる。
気付くと20時半だった。外はまっくら。ビデオ後に出かけようと思っていたのに、もう夜かい。その日は1歩も外へ出ていなかったので、これはいかんと外へ。少しは歩かねば。駅前のコミュニティセンターへ行き、そこで借りられるパソコンを使いしばしインターネット。結局あんまり歩いていないか。でも、夜の散歩っていうのもなんだし。スーパーをうろついて買い物して戻り、遅めの夕食。昼間寝たから夜はあまり寝られないだろうと思っていたが、気付くとまたいつのまにか寝ていた。食後に飲む薬が眠気を誘うようだ。
五木寛之さんがその日の新聞のコラムで書いていたが、眠るのにもパワーがいるらしい。人は老いるとだんだん眠れなくなってくる。食欲も減り、いろんな力がだんだんしぼんでいくのだとか。とすれば、こんなに眠れるのは少しずつパワーが戻ってきた証拠かも。眠れるときはひたすら寝よう。
そんなふうに過ぎていった、リハビリ的週末。おかげさまで、からだは徐々に回復中。
(5/14Up dated)
■スケルトンな自分/寝るのがこわい
--首が回らない辛さ・2--(5/9)いまだかつて今朝ほど辛い目覚めはなかった。前回も書いたように、ここ数日、首・肩のこりと痛みが続いていたのだが、まずその部分の痛みで目覚めた。そして、首を持ち上げ起き上がるときの、首から肩にかけて突き抜ける痛み。筋肉痛とかいうより、神経の痛みという感じだ。やばい。なんとか起きたが、首と右肩が硬直していた。
座っても、歩いても、物を持とうとしても、どんな姿勢でも首と肩にひびく。なんとか椅子に座るが、手元のリモコンや電話を取るのも辛い。テレビをつけるが、映りが悪い。その場合、画面をたたけば直るのだけれど、そうする力も気力も出ない。コーヒーぐらい飲もうかとガスコンロまで行くが、右手で栓をひねるとこれまた首が痛む。コーヒーの缶を覗くと、からっぽ。私はいつもコーヒーを豆で買うので、挽かなければならない。だが、その力が出なさそうなので、沸かした湯をテーブルまで運び、白湯をすする。それから再び横になろうと試みるが、これまた辛い。しばらく痛みとともに横たわり、ごみ出しにも出られなかった。情けない。
やれることがないので、肩をいたわりながら、今日仕事先で会うはずの人にケイタイメールを打つ。まだ起きてから30分。さらにしばらくして8時過ぎ、その日行くはずの事務所にはまだ人はいないかなと思いつつ、行けそうもない旨を伝えようと電話をする。と、よく事務所に泊まりこんでいる男子が出た。昨夜も泊まったらしい。「おだいじに」と言われたが、きみもからだには気をつけてね。
電話を切り、病院へ行くことを考える。鍼か、総合病院か。鍼の方が速効性がありそうだけど……。10時ほどになって、その日会うはずだった、医療関係に詳しい人に電話で相談。まずは総合病院へ行くことを勧められた。幸い歩いて数分のところに市立総合病院があるので、着替えて行く。着替えがまた辛いのだった。
午前中の整形外科の待合スペースには、びっしりと人が座って診療を待っていた。そこでじっと待つことしばし。最初は本を読んでいたが、辛くなってきたのでなにもせずぼーっと待つ。ようやく問診・触診を受けるが、先生は、私の首の後ろを触り、「すごい固いですね」。手がどのあたりまで動くかも見ていて、その動かなさに驚いている様子。だから病院に来たんだってば。ひとまず頭部のレントゲンを撮る。
自分の頭のレントゲンは初めて見た。マンガみたい。どんなことを言われるのか緊張していると、「首の骨が変形してますね」と先生が言う。普通はもう少し後ろに骨が反っているところ、私のは前に傾いているそうだ。そのうえ、下のほうの頚椎が磨り減っているとか。げげ。でも、一気にそのあたりまで解決できないので、まずは神経と筋肉の痛みを緩和する薬と湿布を出してくれるという。一週間後ぐらいにまた来てくださいと言われる。まくらの当て方や寝方のアドバイスも受ける。首の保護のための、首当てのようなものをいただく。ムチウチになった人がよくしている、あれ。着けると少し楽になった。だが、いただいた、といっても、料金は会計に含まれていた。あとで会計明細を見ると、それだけで4000円。高いよ。レントゲンその他含め、8000円少々。待ち時間含めかかった時間、3時間あまり。
しかし、骨が変形って、ちょっとショック。うつむく姿勢での仕事が多かったり、寝ながらテレビやビデオを見てしまったりという長年の結果だろうか。
今年になってよく読んでいた海外ミステリで、骨に詳しい人類学者オリバー博士、通称スケルトン探偵が活躍するシリーズ(アーロン・エルキンズ著)をふと思い出す。死後の私の骨をスケルトン探偵がもし見たら、骨の様子から仕事や生活習慣などをずばり言い当てるに違いないだろう。
帰る前に、まくらを買おうと思い立つ。最近ときどき見かける、人体工学にのっとって作られたという、お高いまくら。これまでと同じ状態で寝て、また明日の朝もあの痛みを経験するのではと思うと、背に腹はかえられないのだった。1万以上する輸入ものもあるが、一番安いものにする。それでも3000円。アイタタタ。今日は肉体も懐もイタイ。数日前からマッサージ代やピップエレキバン代もかかってるし。私、ピップって初めて買ったけれど、あんな小さな石から磁力が出て、からだに影響を与えるって、ものすごく不思議。でも、私はガウスの効能を実感できなかったなあ。
飲み薬が効いたのか、夕方に向け、からだはだんだん楽になってきた。よかった。
それにしても、医療関係者が勧めるような生活品って、どこでも買えるようなものではない。最近ようやく、こうしたまくらは見かけるようになったけれど。このあいだマッサージ師さんが言っていた、“首の高さまで背もたれのある椅子”もなかなか売っていない。ほんとうに必要なもの、いいものは、理不尽なことにあまり売っていないのだなあと、世間の不条理を嘆く。
だが、あの痛みを再び経験しないためなら、私は多少ふんぱつするぞ。ブランド物買うくらいなら(もともと興味ないし)、健康まくらと椅子を買うね、私は。でも……、ちょっと今夜寝るのが恐い。どうかすこやか・快適な朝を迎えられますように。
(5/9Up dated)
■黄金週間の記憶と行動の断片(5/7)
休日とはいえ、あまり普段の暮らしと変わりなかったここ数日。あ、連休前に2週続けて飲み会のおもてなしを受けたことが目新しいことだったでしょうか。いいのでしょうか、仕事をいただいているところにお金を出して飲み食いさせていただいて。と思いつつも、さんざいただいてしまったけれど。そのバチか、以下のようなことが。
◆「首が回らない」辛さ◆
首が回らなくなって困った。といっても借金で、ではない。文字通り、肉体的に、である。数日前の朝、起きたら首が痛くてたまらなかった。というか、横になっている時点ですでに痛く、起き上がるのに、首から肩にかけて激痛が走る。ようやっと起きても、首を動かすと辛いのなんの。人と話をするときなどに横を向き首をひねるとズキッと痛みが。夕方に向かってだんだんましになってくるが、再び朝を迎えるとまた痛みが。ここ数日、その繰り返し。
ここのところパソコンはそんなにやっていないから、パソコン疲れのためではなさそう。痛みの原因として考えられるのは、座椅子や椅子でいねむりをしたとき、後ろにもたれるような姿勢を長く続け、首が後ろに反る姿勢が続いたためではないかということだ。
肩こり常習の友人・ヒロにそのことを話すと、同じような症状のときに鍼が効き、すぐさま治ったという。それを聞き、私も鍼に行ってみようかと考える。でも、ちょっと恐いのでやっぱりマッサージにする。
連休最終日の夜に近所のクイックマッサージを受けに行く。やっぱりかなり肩から首が凝っていたようだ。最後に、タオルをあごにかけられ、首も引っ張られてしまった。でも、かなり楽になった。マッサージしてくれたおにいさんに椅子のことを聞くと、やはり椅子は頭の位置まで背もたれがあるもののほうがいいとのこと。でもそういう椅子ってあまり売っていないよねえ。お兄さんいわく、「車のシートが一番いい椅子だなんてよく言うんですけどね」。
連休が明けてからも、仕事帰りにまた別のマッサージ屋に行ってしまった。今度こそ、かなり楽になり、普通に首を動かせるようになった。これで明日こそ普通に戻れる、かな。首は大事だ、今後は気をつけよう。
「首が回らなくなる」って言葉は、文字通り身動き取れなくなることを表すのだと、身をもって知った、この度の私であった。
◆トモダチ◆
高校の同級生だったU子から、「ブースカショーに行きたいんだけど」という、心なごむ誘いを受ける。ブースカ。あの、ラーメンの好きな。U子はときどき、唐突にこういう意外な用件で私に電話をしてくる。3月も梅見に誘われたが、仕事が忙しかったので断ってしまったし、会うのは正月以来と久し振りなので、誘いに乗る。かくしていい大人2人して連休中の晴れた午後、豊島園のブースカショーへ。ほとんどが親子連れの中、隣に10〜20代の女の子3人組がいて、「年は違うけど、仲間かも」と勝手に連帯感を抱く。
司会のお姉さんが前説で子どもたちに呼びかけ、返事をうながすと、ちゃんと「こんにちはー!」「はーい!!」「ブースカー!」とそれぞれに声をあげる。いまどきの子は昔とちょっと違うのかなあ、などと思うときもあるが、こういう様子を見ていると、やっぱり子どもだなあ、とほのぼのする。
ショーのメインのテーマは、「友情」。「怪獣=こわい存在、しかし見かけで判断できない」「友だちになりたい気持ちを持って接すれば心は通じる」「いじめは許さない」「一緒にいるだけが友だちではない、相手にとって何が一番いいことか考えてあげる」……といったようなことが寸劇に盛り込まれていた。子ども向けとしては王道のテーマを盛り込みつつ、短い時間の中で、まあまあまとまっていたのではないだろうか。飽きた様子の子どもは見当たらなかったし、わりと楽しんでいたようだ。隣ではU子も「かわいー」と連発し、かなり楽しんでいた……。
やがて握手会。「私も並んじゃおうかな」と、U子もうしろのほうに並ぶ。私はブースカとにっこり笑顔で並ぶU子をデジカメ撮影。あのブースカの着ぐるみの中は、どんなおじさん、おにいさんなのかね……とU子とその前後に言い合っていたのだが。そうした考えを頭から追い払い目の前のブースカを見ると、やっぱりかわいいのだった。人(獣?)は見かけじゃないというが、やはり見た目にだまされる。
私もせめて見かけでだませるようからだを改造するべく、その夜はスポーツクラブへ。でもローマへの道は1日にしてならず。
連休最終日、カナダに住んでいるハルからPHSにいつのまにか留守電が入っていた。PHSって国際電話も受けられるのだね。とうとうコンピュータを買ったようで、聞きたいことがあったようだった。おお、ついに買ったか。足掛け7年、ずーっと勧めてきたけれど、とうとう。しばらくしたらメールのやりとりもできるかな。
友だちは大事だけれど、中でも学生時代からの友人というのは、いろんな意味で貴重な存在だと感じる。多感な時期に、様々な思いを共有した仲間。どれだけ距離が離れていても、なにかのときに思い出してくれることもある。そうしたことがなんだかとても嬉しい。
(5/8/2002 真夜中 Up dated)