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巻第二十四 平成十四年 十二月
■バリー・ユアグロー氏と柴田元幸氏の朗読会&トークショー
(12/1)私が柴田元幸氏の翻訳の素晴らしさに触れたのは、ポール・オースターの小説を通してだった。海外の小説を読んでいて、その翻訳者にまで興味が湧いたのはそれが初めてだった。ポール・オースターの小説を何冊か読みその魅力に徐々にはまっていくうち、当初は作者自体の魅力だと思っていた文体や作風が、その訳者の役割に負う部分が相当大きいことに気付いた。そんなわけで柴田氏の他の仕事というものが気になっていたのだが、しばらく前にポール・オースターについてインターネットで検索をしていたら、とあるオースターファンのページにたどり着き、そこで、柴田氏が出演するこのイベントのことを知った。そのとき私はまだ読んだことの無い作家だったが、柴田氏がやはり翻訳をした作家、バリー・ユアグロー氏がリーディングをしたり、お二人でトークしたりするという内容らしかった。ぜひ聞いてみたいと思った私は、最近インターネットで知りあった、翻訳の仕事をされている花散里さんという方を誘ってみた。私のリンク集に入っているタカモリさんも翻訳を仕事にしているので、興味があるかどうかわからなかったがお知らせしてみたら、興味津々だったようで行ってみると言っていた(彼のサイトの12月のページにその日の感想があります)。
当日、以前一度お会いした花散里さんと待ちあわせ、青山ブックセンターの会場へ。おそらく翻訳業や文学研究者、編集者という雰囲気の方たちは意外に少なく、若めの男女が多かった。あとでサインのときに柴田氏がやけにそれらの若者たちと親しげに話し込んでいるなと思ったら、どうやら大学や講座の教え子たちだったようだ。柴田氏は東大の助教授だし、翻訳講座も担当していたりするらしいから。
柴田氏は非常に頭のキレのいい方で、ほとんど通訳の助けがいらないくらいユアグロー氏の会話を聴衆に伝えてくれつつ、しかもユーモアを交えて笑わせてくれる。当のユアグロー氏もなかなかにユーモアのある方で、私にもわかる程度の簡単な英語の会話では笑わせてもらった。
しかしながら英語のリーディングのほうは、聞くだけでは私にとってはほとんど意味わからず。あとからの柴田氏の朗読でやっと意味が伝わり、英語で聞いたときイメージしていたことと相当ズレがあり、自分のヒアリング力のなさに改めてへこむ。いくつか事前に目を通してきた短編集のなかからと思われる作品があったが、それ意外は雰囲気を楽しむのみ。でも、彼のリーディングのスタイルというのが非常にユニーク。パフォーマンスや短編映画作りもしているという彼は、会話部分や擬態語などの表現力がとても豊かだった。その口調やトーンの変わり方、表情の変化などに耳を澄まし、見つめているだけでも十分楽しかった。
そして、「超」短編といえるユアグロー氏のショートストーリーがひとつ終わるごとに、柴田氏が日本語訳の出版物を読み上げる。あとでユアグロー氏が、「自分の作品を他人の朗読で聞くのは初めてだが、いい雰囲気だ」と言っていた。それにしても柴田氏すごい、と思うエピソードがここにもひとつ。ユアグロー氏のリーディングを聞いたあと朗読を何度か繰り返していた柴田氏、「一箇所、自分の誤訳を発見した」とみんなの前で告白したのだ。その頭のキレ、誠実な姿勢に脱帽。間違いを認めることって恥ずかしいことだから、普通だったらあとでこっそり関係者に伝えがちなものなのに。
そんな氏の人柄にますますファンになってしまった私、トーク後に柴田氏のエッセイ『愛の見切り発車』を購入。せっかくだからサインもしてもらおうかと思うが、柴田氏の列のみに並ぶのもユアグロー氏に失礼かと変に気を回し、ユアグロー氏の『一人の男が飛行機から飛び降りる』も買い、列に並ぶ。もうすぐ海外旅行に旅立つ私としては、飛行機から落ちるとは縁起でもないタイトルなのだが、「超」短編の本作は旅に持っていって読むにはお手ごろそうな内容(実際は縁起をかついで持っていかなかったけれど)。ユアグロー氏は作品から受ける「変」な雰囲気とはうらはらに、とても普通でやさしい印象の人だった。こういうとき英語で相手にすんなり感想を述べられない自分がはがゆい。柴田氏も、サインの時にとても感じが良かった。教え子たちにいちいち話しかけながらサインしているから時間がかかっているけれど、それもまた微笑ましく。初めて会う私にも、「書きやすい名前って言われません?」などと話しかけ、話のきっかけを作ってくれる。気を遣ってくれる人なのだろうなあ。その神経の細やかさが、翻訳の文体にも表れている気がする。
その日はそのあと、同席していた花散里さんご推薦の、表参道の落ち着く喫茶店に連れていってもらい、しばしお話。彼女も、柴田氏の頭のキレ具合に感心していた。
自分の本業とはあまり関係がないけれど、表現者としての優れた人達の仕事振りに接し、刺激を受けた一日だった。
■トルコへ、そして意外なプレゼント
上記のトークショー以後、月半ばのトルコ出発を控え、ひたすらその準備と仕事に明け暮れる。なんせ今回、出発の前日まで仕事。飛行機の発つ時間は午後だから、余程でないと寝坊による乗り遅れという心配はないが、なんせ初の一人海外。緊張もする。あ、行きに一人だったのはカナダ2回目の時もそうだったか。まあ今回はツアー参加だし、日本からだから十分日本語が通じるし、大丈夫でしょう。と思っていたのだが、数年ぶりの成田、一人でのチェックインは緊張もし、若干寂しくもあり。話し相手がいないと寂しいなあ。
さてそうして旅立ったトルコ旅行のあれこれはのちほど「sesami's Travel」のコーナーにて。帰国後は予定されていた仕事が相次いでキャンセルになり、すぐ旅レポートを書こうかと勢い込んでいたのだが、飲み会・忘年会のお誘いに次々と乗っているうちに年も暮れ、はやひと月。ダメだなあ、私。気付けばこのコーナーすらも更新できずに……。どうも、旅したり飲んだくれているうちに「喋り」ぐせがつき、「書く」習慣から遠ざかってしまったようです。(正月ぼけのせいにももうできぬ現在1月下旬、気持ちを切り替え気合いを入れ直さねば。)
帰国して数日後、嬉しいことがひとつ。カナダの友人、ハルからクリスマスプレゼントが航空便で届く。ブルーとパープルのグラデーションの、きれいなストライプのベスト。娘の服をよく買うショップで購入したキッズサイズのもの、というのが笑えた。「太ってない?着られるのかちょっと心配」と手紙にコメント。着れましたとも。「これ見ていたら、似合いそうだと思って買っちゃった」というコメントがさらに嬉しい。気に入ってしばらく着続けていた。彼女には年が明けてから、トルコのお土産を郵送で贈る。この友人・ハルにはここ数年ずーっとインターネットをやるよう勧めてきたが、いまだにメールをやり取りできるまでは至らず。少し前にパソコンを購入したというのでそろそろメール来るかなと思っていたが、メールやチャットを習得しているのは10歳にも満たない娘の方だけらしい。がんばれ。ときどき留守電にメッセージを残してくれるのだが、時差とかタイミングを考えると電話を返すのを躊躇してしまうのよね。
そういえば、トルコ旅行でツアー中ずっと一緒だったトルコ人ガイドさんと、メールでその後連絡をしあった。日本語の会話は達者だったけどほとんど日本語は読めないということで、ローマ字による日本語表記で。トルコにもメル友誕生。
世界のあちこちとつながっていることに嬉しさを感じつつ、暮れていった2002年。2003年がいい年になりそうな予感を残しつつ。
(遅まきながら 1/26/2003Up dated)