![]()
巻第四 平成十三年 四月
※初めての方は一番下からお読みいただくと、日付の順に見られます。
■書ききれなかった言葉の行方(4/28)
仕事が少し一段落した。連休中も急ぎの仕事はなく、旅行する予定もないし、のんびりと連休を過ごすことができそうだ。忙しければそれはそれでいろいろ愚痴も疲れも出るが、暇になったらなったでやや不安になったりもする。とは言いつつ、だらだらビデオを観たり、読書をしたりしている。しかしなあ、トム・クルーズが出ていた「マグノリア」は見終わって脱力した。観るのに費やした週末の数時間を返してよ、って感じ。途中、中だるみしたけど、ここまで観ちゃったんだから、きっと最後にあるに違いない見事な(?)オチを確かめなくては……と思っていたのに。嗚呼。でも、桐野夏生さんやパトリシア・コーンウェルの小説は面白かった。そんなこんなで時間を費やしていたので、暇になったのにあんまりホームページを更新していませんでした、はい。
*********************************************
ふと時間が空いて、書きたくなったのは先般やった仕事のこと。いろんな飲食店などへ行って店主などに会い、話を聞いてきたのだが、とても魅力的な人たちがいたのだった。けれど原稿上では字数に限りもあるし、面白い話が聞けても書ききれなかったことがたくさんあって、自分としても残念だし、相手に対しても申し訳ない気持ちになる。けれど、短い原稿だからといって聞く話も短くていいというわけではなく、こちらとしてはさまざまな情報を得て、そのどこを使うか判断しなければならない。相手にしてみたら、「あんなに話したのに、これだけしか載っていない」という気持ちになるのもわかる。そこが辛いところである。
しかし、個人的な好奇心もあって、ついついあれこれ聞いてしまう。単に客として数回訪れただけではなかなか聞けないことも、仕事だからいろいろ聞ける。私がこの仕事を好きな理由のひとつにはそれがある。
飲食店の紹介は、長い原稿を書くのでなければそれほど突っ込まなくてもいいように思えるかもしれない。だけど、料理のことや値段などはどう紹介しても大差ないが、それだけじゃつまらないなと私は思っている。なぜこの店主はこの店をやっているのか、そのあたりの根本的なところを本当はもっといろいろ聞きたい。店よりも、店主の考えていることをもっと知りたいとつい思ってしまうのだ(“物”に対してよりも、“人”のほうに興味があるのかもしれない。だから、相手がどんな人か伝えるための原稿を書く仕事の方が好きだなあ)。
ほんとうに面白い店、いい店というのは、商売のジャンルを問わず、店主の生き様が反映されていて、それが伝わってくるのではないかとこの頃思う。私自身はそうした店が好きだ。そもそも、そうした魅力を感じさせてくれる店というのは、例外なく店主の人柄がいい。といっても、常連なわけではないので長い目で見た人と成りは分からないが、短い時間ながらも話をしたなかで、誠実さというのは伝わってくるものだと思っている。仕事でそうして行った店にまた行くことは、意外と多くはない。仕事で行ったあとはちょっと行きにくいというのもある。でもこれから書く店については、機会があったらぜひまた行きたいと思ったのであった。そんないくつかの店のことを書いてみようと思う。
----------------------------------------------------------
店のある、蔵前(または浅草橋)の「鳥越おかず横丁」へは、今回初めて足を運んだ。新興住宅地ではほとんどない“商店街”に根付く人情が、ここにはまだ生きているなと感じさせてくれた。
おしゃべり好きな店主の郡司さんは、見るからに人が良さそうだった。高級料亭でも使われているという、オリジナル商品の味噌や漬物についてはもちろんあれこれ熱心に面白おかしく話してくれたが、「どうして味噌屋を始めたのですか?」と聞くと、笑いながらも複雑な表情を浮かべた。「よく聞かれるんだけどね」と前置きしてから、第二次大戦中、徴兵され、5年間シベリアに抑留されることになったくだりを話し出した。言葉にしてしまうと数分だけれど、思い出したくないことがさまざまあったであろうことは想像できる。まだ食べ盛りの若者だったであろう10代の兵隊たちが休憩時に集まると話題にするのは、食べ物のことばかりだったという。帰れたらあれを食べたい、これを食べたいというような。特にシベリアに行ってからは、「日本へ帰って、おふくろの作った味噌汁を飲みたい」というのが、生きる支えだったと郡司さんは語った。「シベリアのことを思い出すといつも涙が出てきちゃってね」と、うっすら目に涙を浮かべていた。無事に日本に帰ることができたら、命の支えとなるような味噌を人々に届けられるような味噌屋を始めたいと思ったのだという。だから郡司さんは、品物の品質にはとことんこだわっている。いい味噌を求めて全国を歩いたとも聞いた。
郡司さん一押しの味噌を買って帰った。大豆の味が生きていた。昔の味噌の味というものは私にはよくわからないが、郡司さんが味噌屋を営んでいる意味が、味噌の味を通じて伝わってきた気がする。
----------------------------------------------------------
◎天安
佃島に江戸時代からある、佃煮屋さん。時間が許せば、ここの4代目のご主人にもっと話を聞きたかった。取材嫌いだとかで、家人から「手早く済ませてね」と聞いていたのに、話しだしてみるとこのおじいちゃん、話したくてたまらないという感じ。なんでそうだったのかはよくわからないが、波長が合ったのかな。こちらとしては相手が気難しいと内心どきどきするが、話してみるとごく普通の、人の良いおじいちゃんではないか。話しやすくてよかった。
話のなかには、当時のことを想像すると感慨深いエピソードが数々あった。3歳ぐらいのときに関東大震災が起き、3代目が家伝の“たれ”の入ったかめを持って、一緒に船で海へ逃げたこと。戦争ではソ連に行き、帰ってきて店を継いだのがもう30代ぐらいで、先代から仕事を教わったのはたったの数年だったということ。無口な先代から煮込みの技術を見よう見真似で覚えたという。ときには焦がして失敗した佃煮を、見つからないよう夜になってからこっそり店の前の運河に捨てたこともあったと言って笑った。かつては漁師町だった佃島にはもう漁師はおらず、佃生まれの人たちの多くが転出していった。「昔(20〜30年ほど前)は近所の人が丼を持って買いにきたものですよ」ということだった。佃煮はかつて、身近な日常食だったんだろうなあ。
煮込み用の釜はその日使っていなかったが、その仕事場を「見ていくかい?」と誘ってくれた。そこで味付けなどの話のほか、佃島の歴史のあれこれも聞かせてもらった。漁師が佃島にいなくなったのは、田中角栄総理の時代に東京湾が汚れたからだそうだ。江戸時代の佃島のことに話が及ぶと、「昔の地図があるけど、上がって見ていくかい?」と。表で待っているカメラマンのことを思い出して辞退したが、ほんとはもっと話を聞いてみたかったなあ。
80歳を超えた4代目は佃煮の煮込みの仕事はもう退いたようで、今は娘婿が主にやっているとか。「あれこれ口出しするとやりにくいだろうから、もうあまりここには立たないけれど」と言っていた。「最近は地方から修学旅行の小学生なんかも来ますよ。佃島の歴史と佃煮の関係、という勉強なんでしょうね」とも言っていた。ほんとうはおじいちゃん、相手がいれば話したくてたまらないのだろうなと感じた。昔の佃島のことを伝えるために、話す機会と場所があるといいですね。
「日除け」を「しよけ」と発音する、江戸っ子のおじいちゃんだった。----------------------------------------------------------
◎かど家
両国の、しゃも鍋屋。ブロイラーとはまったく違う肉質の、しゃも料理のあれこれも豊富だ。料亭風の店構えで入るのを躊躇するが、実は下町ならではの気さくな店のようだ。女将は70代ほどの、上品な方。ご主人を亡くされてから20年以上。「この仕事はしなくていいということで嫁に来たのに」と言いつつも、この商売が楽しそうだ。「インターネットでも誰かが紹介して出ているらしくて、最近は若い人もけっこう来るんですのよ」などと言って笑っていた。こんな人が母親だったら嬉しいな、とふと思ったものだ。目下の心配事は、跡取りのことだという。
----------------------------------------------------------
◎鳥平
浅草の路地を入ったところにある鳥料理専門店。一杯飲み屋の風情だが、最近ランチも始めたらしい。家族経営で、息子さんも店に立つ。「僕が小さい頃から来ていたお客さんもいるんです」と息子さんは言っていた。あとから来たご主人にもあれこれ話を聞いていると、ふと、「ところでこんなに文章書くの?」と鋭い突っ込みをされる。ごめんなさいねー。「いや、こないだテレビの取材で2時間もしゃべり続けて口の中がからからになってね。でもテレビに出るってあちこち自慢してたら、放映されたのは一言だけでさ。恥かいちゃったよ」と。それよりはご紹介できるかと……。でも、耳が痛い。。。
あんまり時間がなくて料理はゆっくり味見できなかったのだけれど、水炊きのスープがおいしくて感激。肉の下処理をきちんとしているからと自負していた。今度はゆっくり客で行きたいものだと思ったのであった。
【これらのお店】
◎郡司味噌漬物店/東京都台東区鳥越1-14-2
◎天安/東京都中央区佃1-3-14
◎かど家/東京都墨田区緑1-6-13
◎鳥平/東京都台東区浅草1-6-7
■“礼”ということ(4/13)
あれこれ仕事しているうちになんだかもう4月も半ば。また一年があっというまに過ぎてしまわぬよう、連休あたりでプライべートでやるべきことをやり、軌道修正せねばなあ。
桜が咲く時期はついそわそわした気分で落ち着かなかったが、もう葉桜となり、ようやく浮かれた気持ちが落ち着いたことだし。
先週は仕事で深川や蔵前、浅草などへ行き、ついでに帰りに桜を求めてふらふら歩いたりしていたので、忙しくはあったが心はなんとなくゆったりしていたのであった。週末、隅田川沿いの桜は奇麗だったなあ。しかも、仕事としてだが、鳥すきやすき焼きなどをあちこちで食べることができ、心とともに胃袋も満たされていたのであった。そのほかに、いくつかの神社にも仕事で行った。普段お参りするときには宮司さんとお話をする機会なんてないので、ちょっと楽しいものではあった。
深川に行くのは実は初めてで物珍しく、帰りに駅を探しながらぶらぶらと商店街を歩いた。途中、おせんべい屋でせんべいを買う。たった数百円の買物なのに、店のおじさんはとても感じがよかった。なんとなく嬉しくなる。
それから、人が流れていく方が駅だろうと思い、人々についていくと、そこは深川不動であった。OLや男子高校生の集団、会社員などなどが、お賽銭を賽銭箱に投げ入れ、手を合わせ、帰っていく。夕方だったので、帰宅の途中に寄っていく人が多いのだろう。地元の人々に親しまれているお不動様にちょっと感心し、私もひととおりお堂を見させてもらい、お参りした。そうしてる間にも次々と人々が訪れ、拝み、礼をして帰っていく。
深川不動を出てから駅をいまいちど探すと、数十メートル戻ったあたりだった。ここを素通りしてお不動さんへ行き、それから家路につくのであろう。彼らの暮らしのなかに、日常的に信仰がある。信仰とは言葉を換えて言えば、“何かを敬う気持ち”だろう。私は信仰心のない人間だが、彼らのその“気持ち”は、信仰を超えてこちらを“気持ち良く”させるものだった。そういえば、富岡八幡宮を出るときも、中で働いていらっしゃるらしきおじさんが、鳥居のところでお宮に向かって礼をしていたっけ。普段着に戻ると普通のおじさんにしか見えなかったが、そうした習慣を目にすると、やはり“神に敬意をもつ仕事の人”だなあ、と感じられた。
“礼”とは単に形式だけでなく、“敬う気持ち”から自然とでてくる行為なのだと、改めて気付いたのだった。
(4/13Up dated)
■あやしい男たち(4/1)今年は早めに咲いてしまった桜がどんどん散っていってしまうのではと心配したが、寒暖の差が激しかったせいかまだ咲き残っていた。そこでうららかに晴れ渡った日曜、友人ヒロを誘って昼は公園でちょっと花見。やっぱり一年に一度ぐらいはゆっくり桜を愛でないとね〜。お惣菜のほか、桃色の発砲日本酒を買い込む。以前山形・米沢に行ったときに寄った酒蔵、“東光”の酒。これならうまかろうと、買ったのであった。
ちびちびと桃色酒を飲み、公園の桜の木の下でお昼ご飯。ああ、のどか。近くでは犬連れのグループが花見をしていたが、一匹のレトリバーはおとなしいのにもう一匹が、人間が食べているものを欲しがって落ち着かないことこのうえない。犬にも性格があるのねえ。
夕方よりなじみの飲み屋へ。久し振りに来たら、日本酒メニューがいろいろ増えてて嬉しかったのであった。つまみをちびちび食べながら飲む。だんだん席が込み始め、私たちの席の斜め前に新しい客が案内された。私はその客をちらっと見たあと、ヒロに問いかけた。「ねえねえ、あのおじさんの連れ、男だと思う、女だと思う?」。いや、純粋に疑問だったのだ。
スーツ姿の中年のおじさん(髪薄め、中年太りぎみ)と、やや頬がふっくらしてくせ毛の20代ぐらいの男、いや、女? 男同士かな、と思ったのだが、ちらちらとよく見てみると、どうも女のような雰囲気もあって。ジーパンはいてたけどね。
「男じゃない?」とヒロ。そうだよね、見たところ男だよね。しかし。ヒロも私も、口に出さずとも“怪しい二人だ……”と感じていたのであった。いや、もしかすると親子かもしれない。だが、似ても似つかない。それにその日は日曜日。仕事にもよるのかもしれないが、仕事の上司と部下という感じでもない。なにしろ二人の服装が違いすぎる。こそこそと耳打ちしあう私たち。そのうちヒロが私に耳打ちする。
「若い方、おしぼりをきっちりたたんでその上に手を置いてるっ。なんか、店勤め系の人だよ、ぜったい」。
盗み見ると、確かに。すると、ゲイバー勤めの人の同伴出勤か!? と二人の妄想はふくらむ。別にいいんだけどね、ほんとにそうでも。しかし、ただならぬ雰囲気を漂わせた彼は、その後も私たちの注意をひきつけてやまなかった。
「なんか不思議な色気みたいのがあるよね、あの若いほう……。化粧したらすごい化粧栄えするよ、きっと。私たち負けてるかもー」。以前たまたま見た、ナインティナインのテレビ番組でやってた、タレントとゲイの親睦ツアー(?)で起きた騒動を肴に、ヒロと私はひとしきりゲイや水商売の話で盛り上がる。ゲイバー、キャバクラ、ピンサロ、さぶ、といった、女同士の会話にあるまじき(?)言葉が会話の端々に出てきてしまい「声が大きい、大きい」と、またひそひそ。周囲から見たら私たちのほうが怪しかったかもしれない。そのときびっくりしたのは、ヒロがソープの仕組み(というか、目的)を知らなかったこと。うーん。私だってそりゃ耳知識だけだけどさ、びっくりしたぞ。知らない人がいるなんて……しかも身近に。
そのうちあやしい男二人組は帰ってしまった。おじさん、伝票をつかんでレジで待つ間、後ろ手に伝票を持ち、片足をぴょこんと蹴りあげていた。うーん、かわいすぎるしぐさ。やっぱり……。と思う私であった。
帰っちゃってつまんないなー。べつにゲイには偏見ないけどね。もし好きな人がゲイだったらへこむよね、とヒロとふたりで語り合う。目の前の酒の肴がいなくなり、そのうち真面目な仕事話などに。そのうちヒロいわく、「最初の頃の話の方が面白かったなー」。おいおい……。
(4/10Up dated)