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巻第三 平成十三年 三月
※初めての方は、一番下からお読みいただくと、日付の順に見られます。
●「正直」ということ/映画「あの頃ペニーレインと」を観て
(3/30)友人のS美さんから、「映画の券があるんだけど」とお誘いを受けた。先日友人の結婚式に出て以来、またもや部屋にこもりっきりで仕事三昧だった私は、喜んで誘いに乗った。仕事を早めに切り上げ、新宿へ。券が東急系の映画館のみ対象だったため、観られる映画は限られていたが。その日系列の映画館で上映されているなかから、『偶然の恋人』を観ることにした。大人の女二人で、ラブロマンスっていうのもなんだけど、あとは最近見飽きたブルース・ウイリスや、ちょっと暗めの邦画だったもんで。
というわけで、『偶然の恋人』。私は映画紹介をちらっと見たことがあって、だいたいの内容は知っていた。グウイネス・パルトロゥの夫に出張先で偶然出会った広告マン、ベン・アフレックが、彼に飛行機のチケットを譲ったが、その飛行機が墜落。当の航空会社の広告を担当していた彼は、事件後制作された被害者の追悼CMが評価される一方で、負い目から心は荒れていく。その後、自分が乗るはずだった飛行機で死んでしまった男の未亡人のことが気がかりで様子を見に行くつもりが……。というものだ。あとは想像つくと思うが、この二人が恋におちていく。二人とも訳ありなだけに気持ちがあっても行動力が伴わず、それを後押しするのがゲイの部下ってのがちょっとしたポイント。
こないだ『スナッチ』みたいに刺激的な映画観たもんだから、私的にはどーも物足りなくて、気持ちが盛り上がらなくて〜。うう、私って女として枯れてる? でもS美さんは久々に大人向け映画を観たとあって、うるうるだったようである。「いいわねー、大人のラブロマンスって」って。女同士でしみじみしてもなあ。こーゆー映画は男女で観るべきだったかなと、やや反省する私であった。
だが、いい年(?)になってしまった女二人にとって、“正直になること、恋へのためらい”は身につまされる主題ではあった。あの映画のゲイの部下みたいに、後押ししてくれる人がいればね〜〜〜、って?
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そのあと私はついでにもう1本映画を観たくなり、レイトショーへ。前評判を聞き、観たかったのが『あの頃ペニーレインと』。アカデミー賞の脚本賞をもらったというので面白そうかなと思ったのである。内容は、キャメロン・クロウ監督自身の自伝的ストーリーだとか。15歳の少年が、音楽雑誌「ローリングストーン」のライターとしてデビューするに至ったエピソードだ。
厳格な母親に育てられたウイリアムは、家を出た姉が残してくれたレコードを聴き、ロックのスピリットに魅せられる。投稿した記事がロックジャーナリストの目にとまり、ファンのバンドへのインタビューのチャンスを与えられる。さらに、ローリングストーン誌の編集者にも注目され、仕事を依頼される。インタビューを取るためにバンドに同行するが、対象と親しくなればなるほど裏事情も知ることなる。バンドの追っかけであり共にツアーにも同行する、ペニーレインという魅力的な女の子に淡い憧れを抱きつつ、迫ってくる原稿締め切りのなか、バンドが隠しておきたい醜態をさまざま知ってしまったウイリアムの胸中は複雑……。
とにかく、この映画の脚本は確かに面白かった。ロックとドラッグを描いた映画はとかく退廃的で暗くなりがちだと思うのだが、この映画には随所にユーモアが散りばめられている。特に、ウイリアムが電話をかけるたび「ドラッグは絶対ダメよ!」と釘をさす母親と周囲のやりとり。また、飛行機があわや墜落かというとき、互いの秘密を告白しあうシーンは爆笑ものだ。ウイリアム少年が知ってしまった、バンド内のさまざまな内幕を、メンバーの一人ラッセルは「好きに書けよ」と言う。しかしバンドのイメージを守りたい他のメンバーは記事の内容を否定、最初は絶賛されたウイリアムの記事は没になる……。
そんな物語を観ながら、インタビューすること、書くことの難しさを考えた。対象の心に入り込まなくては本音を引き出せないし、真実には迫れない一方で、あまり親しくなりすぎると厳しいことを書くのに心が痛む。正直な気持ちや事実を書きたいという記者魂のようなものの狭間で、手心を加えたくなる思いもある。しかしどちらにしても、記事として魅力的なものでなくてはならない。
最終的にそれらの命題を成し遂げたウイリアムと、彼を取り巻く人々の魅力的な物語に、私はすっかり魅せられてしまった。相手のことを知ろうとすると同時に、自分のことも知ってもらうこと。それがきっと、クロウ監督がライター時代に多くのミュージシャンたちの信頼を得たという要因だったのではないだろうか? 魅力を引き出す記事を書くと同時に、キャメロン・クロウ自身も、彼らにとって魅力的な存在だったに違いないと想像する。それはもって生まれた才能かもしれないとは思いつつ、少しでもその秘訣にあやかりたいものだと、観ながらさまざまに考えたりしたものだ。
とにかく、ストーリーもバックに流れる音楽も、ゴキゲンだけど、ちょっぴりせつない青春の香りも漂う秀作。
(4/10Up dated)
■外出ついでに映画「Snatch」を観る(3/16)
またもや家での仕事が多い昨今。おうちにいると、特に晴れた日には外のぽかぽかした日差しを浴びたくなってしまうのだ。で、なかなか仕事が進まない。どうも集中できなくて、散歩でもと近所へ出かけてしまうとまたもや時間がなくなるのであった。
その週の外での打ち合わせはふたつだけ。金曜はそのうちのひとつの打ち合わせがあった。午前中にひと仕事し、午後出かける。外はすっかり春の陽気。コートなしでも暖かい。打ち合わせ先が駅から遠かったので、てくてく歩いていると額が汗ばんでくるぐらい。
打ち合わせを済ませ、新宿の日清食品にある「食の図書館」で調べ物の資料探し。そのあと、先月末またなくしてしまったコンタクトを作りに行こうと行きつけの眼科へ急いだが、受付け時間に間に合わなかった。せっかく久々に一日外へ出ていたので、ついでに映画のレイトショーを観ることにする。ついでというか、最初からそう決めていたのだが。ほんとはすぐ帰って仕事の続きでもするべきなのだが、先日公開された「Snatch」、観たかったのだ。
ところで、池袋のサンシャイン通りの映画館で上映時間をチェックしてふと不安になったのが、字幕のこと。コンタクトをなくしてしばらくメガネをかけてるのだが、度がかなり弱くて、遠くの看板や駅の料金表示がだぶってよく見えないのである。だから、字幕が見えにくかったらいやだな〜、と。しかし、前の方に座れば大丈夫に違いないと思い直す。********************************************
さて、その「Snatch」。陳腐な表現ですが、いやあ、面白かった。ストーリーや人物のキャラクターもなんだけど、カットのつなぎや映像表現も面白い。特に冒頭、男達がビルの階段を歩いているだけの場面を、あれだけユニークな見せ方をしてくれとは、そこからもうシビレちゃったね。ダイヤ強盗事件のボス、アビーがNY〜LONDONを行き来するシーンの単純でスピーディな表現も、思わず笑っちゃう。登場人物の紹介画面も、好き。場面場面でストップショットにして名前を出す、日本のドラマなどによくある手法なんだけど、そこだけ色が変わって、アンディ・ウォーホルの絵みたいな感じになるのである。それにしても、最初にここで紹介された人物は十数名。これだけいて混乱しないかと一瞬とまどったが、それは野暮な心配だった。それぞれの人物のキャラクターは立ちまくりで、ツラ構えも個性的だからインパクト十分なのだ(名前はすぐに覚えられなかったキャラもあったけど)。裏社会の人間模様、そこにからみあう複雑で滑稽なプロットは最後まで私を飽きさせることなく、十分楽しませてくれた。
監督ガイ・リッチーの前作、「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」同様、随所にブラック・ユーモアがふんだんに盛り込まれている。スピード感は前より増したかな。そして、プロットの中で起こる偶然はすべて必然であり、そのブラックな展開が笑いを呼ぶ。思わず拍手もののエピソードも! イギリス人って、こういう笑いが好きそうだなあ。
話題のブラッド・ピットは、噂通り、個性的な脇役。その役どころは、アイルランド系の流浪民。アイルランドなまりがひどく、聞き取れない男達とは会話がよくすれ違う。これ、自分に英語力がもっとあったらさらに面白い場面だったろうなあ。とあるメールマガジンに載っていた、カナダで同映画を観たという人の話によると、ブラピの会話だけ英語字幕がついていて観ている人々はけっこう爆笑していたとか(笑)。でも日本語字幕はあんまり“なまり”っぽくなってなかったのよね、残念。私は英語のヒアリング力があるほうではないが、ブラピ以外の人物の会話の単語はところどころ聞き取れる箇所もあった。だけど、ブラピのはなんかやっぱりちょっと「?」だった気がする。単語と単語が「ラ〜」とかで妙につながってるような。
まあ、日本人の英語も本場の方達にとっては聞き取りにくいものなんだろうけどねー。
これまでで「英語のなまりって、こういうことか!」と実感したのは、以前にカナダ旅行して、ギリシャからの出稼ぎ運ちゃんのタクシーに乗ったとき。けっこう英語ができる友人と一緒だったのだけど、彼女も「何言ってるかよくわかんなあ〜い」と言っていたっけ。ギリシャ人の運ちゃんは、単語の語尾をやたら巻き舌で発音し、言葉が濁点の多い感じになっていた。陽気な人でやたら私たちに話しかけてきたのだが、あんまり会話が成立しなかったなあ……。それと、ドバイに旅したとき、布地屋のお兄さんに値段を聞くと、「カクティー」と言っていたっけ。他は英語で会話していたので、なんだその単語は? と思い、筆談で確かめると、「30(サーティー)」だった。まあ、お国によって発音しにくい言葉はあるようである。日本人も含めて。話を映画に戻す。何はともあれ、こいつはスカッとする面白い映画である。ことにモンティ・パイソンなんかが好きな人はきっとツボにはまるだろう。でも、うかうかしていると置いていかれそうになるから、片時もスクリーンから目を離さずに、そして前日はよく寝て頭をすっきりクリアにしてから行くべし!
あと、この映画を観て、ひとつ分かったことがある。紅茶のポットの保温をするティーコージーはかぶりものとしてもなかなかいける(?)ということだ。********************************************
※そんなこんなで、久々に12時間ほども外にいた。この頃おこもりを続けていた身にとっては、ちと疲れが。さて、息抜きしたんだから今週は仕事に精を出さねば……。
(3/19Up dated)
■トプコンの箱のミノルタ(3/12)昨年末、仕事でいろんな博物館の運営者の方々のお話を聞いた。その紹介記事は、現在とある雑誌に載せていただいている。お話を伺っていて面白かったのは、その方の趣味とか、趣味が高じて仕事にまでなったことなどが、親の影響を受けている場合がかなり高い率であるということだ。釣り、カメラ、ある物に対する執着と収集……。それは遺伝というよりは、「親の背中を見て子は育つ」という表れだろう。50代にはなろうかという男性などに聞いてみても、原点のところでは親の影響を受けていたりする。そしてその子供も、親の影響を受けている様子が窺える。客観的に見てみると、そうした親子関係は微笑ましい。
我が家の場合を顧みると、あまりそういう影響はなかった気がして少し寂しい。母は昔教師をしていたらしいが、私や兄が物心ついてからというものずっと専業主婦だったし(一時期パートなどはしていたようだが)、父は仕事で帰りが遅いことが多くあまり家での存在感がなかったので、私には父の仕事がどういうものかよくわからなかった。
父の印象は、むしろ趣味を通してのことが強かったように記憶している。釣り道具やカメラ、ゴルフ道具、花札などは子供の私にとっては未知の珍しいオモチャだった。花札はぼうずめくりを時々したり、単独のカードの絵柄を組み合わせ、絵本のように物語を連想したりして遊んだ。釣りのリールや魚の形の浮きなどは、使い方はよくわからなかったが、親が大事に扱っているとは知りつつ、こっそり盗ってしまおうかと思うぐらい自分も欲しかった。でも、兄も私も、カメラマンやゴルファー、博打打ちになりたがることはなかった。結局、「お父さんも私たちみたいに遊びのオモチャをたくさん持っているんだ」という感覚で、それが仕事のイメージとほど遠かったからだと思う。
カメラについてはあまり覚えていないのだが、私や兄が幼少のときの写真は山ほどあるので、これも趣味だったようだ。それでもカメラ本体の記憶があまりないのは、「子供にいじられては大変だ」と、どこかに隠していたからに違いない。私はあまり覚えていないが、2歳前後のころ、父親が撮ったフィルムを引っ張り出してしまって怒られていたという。それは怒るよな、やっぱり。
小学生高学年ぐらいまで、親達は“大事なもの”を子供の好きにさせないように、家のどこかに隠していた。だけど私はちゃんとそのありかを知っていた。親達がいないときに、押し入れや戸棚の隅々をチェックしていたからだ。親にしてみたら秘密が保てなくてたまらないよね、今考えると。おやつのストックなんかはたまにこっそり失敬するときがあって、母親は隠し場所をまた変えるといういたちごっこを続けていたが、さすがに父親の戸棚にあったカメラや家の改築図面、丸や四角を描く定規はときどき覗いて眺めるだけで、使ってみることはしなかった。見たことがばれないように、そっと元あった場所に戻したものである。
父が亡くなってから家を整理したとき、古い箱に入った二眼レフカメラの箱が見つかった。「TOPCON」と書かれた古びた箱には、ミノルタの古いカメラとその説明書が入っていた。身内にはあまりカメラに詳しい者がいなかったので、果たして今も使えるのか、そして価値はあるものなのか、ということで、私がビッグカメラの店員さんのところに持ち込み聞いてみた。すると店員さんは箱を見るなり顔をほころばせ、近くにいた仲間に向かって「おい、トプコンだぞ!」と声をかけた。しかし、箱を開け中身を見るとがっかりした顔になった。その様子から、“トプコン”が希少なカメラであることがわかった。一方、中身のミノルタAUTO CORD L型は量産品で、しかも現状はレンズを修理しないとよく映らないとのことだった。直すのには何万もするという。
父はたぶん数台カメラを持っていたが長年のあいだに処分してしまい、どういうことでかわからないが、この一台だけは何か思い入れがあり取っておいたのだろう。しかし見栄はりの父のことである、トプコンのカメラは高価で名残惜しく箱だけでもとっておいたのか? 売ろうとしたがこれだけがあまりお金にならず残ってしまったのか? それともたまたま残っただけか? 今となってはわからないが、どことなく父らしい。ほとんど古い物を取っておかなかった父なのに、このカメラやゴルフクラブなど、ほとんど使わなくなったにもかかわらず趣味のものは捨てられなかったようだ。
物にあまり執着しなかった父が残した、数少ない「物」。そのミノルタはその後、私では使い方もよくわからないので、直しもせず未だにそのまま箱に収めておいてある。直して、使い方も習って、父が撮っていた頃のように使ってみたいという気持ちはあるのだけれど。いつかそうしよう、と思いつつ、一方でそのまま残しておきたい気持ちもある。父と私をつなぐ、ただひとつのコレクションとして。
(3/12Up dated)
■オリーブオイルは季節の温度計(3/7)
まだ寒い日々が続いていた少し前のある日、オリーブオイルを料理に使おうと台所のシンクの下から瓶を取り出すと、固まっていた。そういえば、気温10度あたり(だったかな)を下回るとオリーブオイルは凍ると何かで読んだような。
確かに冬の私の部屋は寒い。自慢じゃないが、冬場は息も凍って白くなる(ぜんぜん自慢にならない)。私は暖房や冷房が嫌いなのでこのような状況でも「少し寒いかな」ぐらいの感覚だが、たま〜に友人が遊びに来ると「冬はもう来ない」と断言する。そうかなあ。だって電気ストーブやホットカーペットはあるし、重ね着すればいいじゃん。こんな部屋に住み慣れているので、部屋全体を暖房している事務所や部屋に行くと暑く感じてしょうがない。まあ、それでも冬の深夜に部屋で仕事してるときはストーブだけじゃ寒くてたまらないこともありましたけど。
ところが最近、ふとオリーブオイルの瓶を見てみて、固まっていないことに気付いた。ここのところ暖かい日が続いていたからね。オリーブオイルの凍り具合、溶け加減で気温の変化と春の訪れを知る私。植物が気温の変化で花を咲かせるように? なんだかなあと思いつつ、妙に感心したのであった。
すっかり春、と思っていたら、明日あたりはまた真冬の寒さになるとか。三寒四温。そしてまた今年も春はやってくる。
(3/7Up dated)