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F.D.I  南米通信


ブラジル(FDI/ぷるみえ特派員)
97年6月、ブラジル旅行をともにした友人2名と「Bebada(ベバダ)の会」を創立(“e”には本当は記号がつくのだがワープロででないのですみません)。ベバダとは、ポルトガル語で“飲んべえ”のことである。ちなみに男の場合は語尾がOでBebadoとなる。このメンバーでブラジルの旅行となれば夕食時はもちろん、昼間もビールを飲む。特においしいのはchop(ショピ)という生ビール。「ウニベルシダージ・ド・ショピ(直訳すると、ビール大学)」なるレストランへも行った。なぜか店名入りのTシャツも売ってる!


ブラジル(FDI/ぷるみえ特派員)
97年6月、友人たちとあちこち回った後、帰国する彼女たちと別れひとりブラジルに残り、数日観光。ガイドをしてくれた“悪い人”M氏、最初の日はとってもいい人だったのに……。ガイド2日目、だんだん裏通りへ連れて行かれる。なんだかマズイかも……と思っていたら案の定、人気のないところで「ガイド料は100ドル」と法外な値段をふっかけられる。自分の身を案じつつも「高すぎる!」と反論すると「これは日本人価格だ」と言われる。最終的には半額に交渉(?)は落ち着き、ガイドは「これはブラジル人価格だ」とぐちる。……。

ブラジル(FDI/ぷるみえ特派員)
97年、ブラジルひとり居残り旅中、昼食にはこれがGOODだった。街なかにはポルキロという計り売りのレストランがよくあり、肉だろうが野菜だろうが同じグラム単位で値段が決まるので、気楽に食べられる。私の定番はゴハン、豆、ポテト、野菜、チキンなどの肉。
また、いよいよ帰国という前日のこと、勇気を出してひとりでショペイラ(ビアホール)へ行ってみた。4人前はあるかと思われる白身魚のフライ・タルタルソース添えだけをひたすら食べ続ける。すげえうまいのだがとても食べ切れない。帰り際、ボーイのおじさんにちょっと遠回しに言い訳してみたら、お持ち帰りにしてくれた。ブラジルで気のきくボーイに生まれて初めて会ったので有難かったが、夜中に空港へ発つのでホテルに泣く泣く置いてきてしまった。ごめんよー。




97年、ブラジル後日談/おたずね者(FDI/ぷるみえ特派員)
ブラジルのサルバドールという古都で出会い、3日間案内をしてくれた“いい人”パウロ君22歳。そのまますっかり忘れていると、7月のある日突然電話がかかってきて「オオ、アサッテトウキョウニツクカラムカエニキテネー」っていわれてもなー。緊張して当日指定された便を待つが彼の姿はない。その後の連絡もなく、強制退去されたかと心配すること2日。ふと思い立ち、前に働いていたという名古屋のサンバの店へ電話をしてみる。すると「あー、昨日来てましたよ」だと……こらこらー! 30分後に彼からかかってきた電話は「ゲンキー?」と反省の色なし。その後、浅草サンバカーニバルで踊ってたとか、ブラジルがらみの知り合いなどから多数の目撃情報が入るが私は一度も会っていない。悪い奴じゃないだけに、困り者である。




個人的ブラジル情報/東京にて(FDI/ぷるみえ特派員)
97年7月、「ベバダの会」の3人と、日系人の友達たちと、東京・表参道のブラジリアン・ライブ・バー「プラッサ・オンズィ」へ。日本人のボサ&サンバのライブを4回中3回観て、ママの「踊れ踊れ」攻撃をかわす。踊らないと具合が悪いか不機嫌かと思われるようだ。店内の客はほとんど日本人だったが、途中でブラジル人女性と連れの目立つ男性が来て隣の席に座った。その彼女こそ、ボサノバの神様であり私の“心の王子”であるジョアン・ジルベルトの娘、ベベウ・ジルベルトだったのである! 声も顔も、お母さん(歌手のミウシャ)にそっくり。あまりの緊張にとても声はかけられなかった。




ペルー(FDI/ぷるみえ特派員)
91年、ツアーで旅行中、添乗員さんが「ペルーは高地ですからお酒は控えめに! 高山病になります」と断固とした口調で注意を促す。みんな既に高山病の症状があったが、忠告を無視して酒を毎日飲む私。翌日もその翌日も全然平気。しかし飲みすぎがたたったのか、標高4000メートルのチチカカ湖にて突然腹痛に苦しむ。苦痛で眠れないままチチカカ湖の朝焼けを眺めるはめに……。


ペルー(FDI/NAOKO特派員)
89年、一人でバックパックを背負って自由旅行。マチュピチュ山頂まで歩いて登った時のこと。山道を数人の男の子たちがリレーのように交代で、列車に手を振りながら走っているのを見かける。何をしているのかと思ったら、彼等を登山列車から見ると(ところどころ道が隠れているので)一人で走っているように見えるのだ。そして次の駅で乗客にチップをねだるのだ。うーん、何も物がないところからお金を稼ぎ出す知恵に感心。
山頂までの途中、高山病にかかり数日間意識不明に。その間、同じ宿の外国人たちが介抱しててくれたそうだ。死ぬかと思った……。


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