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F.D.I 北米通信


※アメリカ秘境温泉99年情報! Special thankus/10数年前の情報を提供してくださったカナダ在住のもと山男

山男さんの証言:すっげえ大昔のことで、あまり記憶がないんですよー。たしかアラスカで会ったやつらと、南下してヨセミテで岩のぼりした後、ネバダのデスバレーからMT.ホィットニーに登って、モハビ砂漠からロスにヒッチハイクで抜けたんだけど、そのどっかなんだよねーー。たぶん戦争中に日本人収容所のあった、ローンパインとモハビの間のような〜〜???ココロもとない。。。
ただ、10mくらいの幅の川の5mくらいが温泉で、残りの5mはチョット深くなってすごく冷たい水だった。川のなかを泳ぎながら、熱いところと冷たい所を行ったり来たり。変わっていたんで、印象に残ってました。今は流れる温泉プールになっちゃったりして。ローンパインから395号線を南下して、そこからダートロードを西に20キロくらい入った所だと思う。。。たぶん。。。


上記の証言の裏をとった、みゆき特派員の調査報告(2/19/99up)
日系雑誌の温泉特集にありましたーーーー!!
"Mammoth Hot Creek"! 395線、当たりです! すごい! 良く覚えてらっしゃる!!その後、今だに砂利道のようでプールにもなってなく、写真を見る限りでは、周りは岩山だらけ。文章、抜粋します。
「一般の完備された温泉と違って、湯の噴き出し温度や噴き出し量が一定ではないので、突然熱い湯が身体を包むことがあり注意が必要。特にペットは、動きまわって熱い湯が噴き出している泉に落ちて毎年何頭かが命をおとしている」(笑)。うーん。 私も暇だなー。 

※(by sesami通信局長)いやいや! 世界温泉発掘情報うれしいざんす! 山男さん、みゆき特派員、あっりがと〜。そのうち行ってみたいな〜〜〜。なになに、みゆき特派員、3月に行くかもしれないとな? その節にはぜひ取材報告を! ところで、「マンモス」って地名おもしろいっすねー。昔、マンモスがいたとかかな〜?


★アメリカ/秘境番外特別報告・特派員海外進出情報
(FDI/シンガー・UKIKO特派員)2/19/99up

昨年11月に、アメリカのデンバーで行われた「Denver Underground Film Festival」に、私のDiscoveryのプロモーションビデオを出品していたのです。そしたら、なんとミュージックビデオ部門の優秀作品として、会場で紹介され上映されたそう。すごーーーーーい!自分で自分を誉めてしまうわ・・・・・。
デンバーの町中をあげてのお祭りで世界各国のビデオをいろいろ審査していたらしいんだけど、その中で選ばれて上映されたのは本当にうれしいです。


※みゆき特派員、久しぶりに日本文化に浸れる機会があったらしい。思わずほろりとしてしまうようなエピソードも……。
みゆき特派員、近々、日本に一時帰国との報あり! 帰国前にホームページ制作も頑張っているようだ。リンクにて公開! 

★アメリカ/ロスアンジェルス(LA駐在FDI・みゆき特派員)12/13/98up

11月下旬の週末、ロサンゼルスのコンベンションセンターで開かれた『Japan Expo '98』という、日本の文化や伝統を紹介するショーのお手伝いにボランティアで参加した。ロスでは結構大きなイベントのひとつで、毎年やっているらしい。参加は前売りが6ドル。当日が8ドル。子供は半額くらい? 主催は、ロスのイベント会社みたいなのが、仕切ってたようだ。来場者は日系人とアメリカ人の半々位。あと、日系ではないけど、駐在員の子供とかで、生まれてほとんどアメリカ暮らしとかいう高校生みたいな集団も結構いた。アメリカ人のお客さんはほとんど日本びいき。円安のせいもあって、「この間、日本に行ったばかりなのよーーー!!」っていうアメリカ人がたくさんいた。そういう方々ってだいたい、浮世絵とかのTシャツを着ている。
 私の役割は日本から来た企業の方達のお手伝いだった。昼間は、太鼓の音とか尺八、民謡で明け暮れ、夜は会社の方達により、しゃぶしゃぶ、カラオケともてなしていただき、久し振りに日本文化にどっぷりと浸かった。
 人気のあった催しは、やっぱり柔道とか太鼓とか。神前結婚式みたいなのもあり、すごい人だかりだった。アメリカ人の人達にとっては異文化体験。日系人の人にとってはやっぱり心の安らぎなんでしょうね。着物姿のおばさまとかがお茶売ってたり、着物姿の子どもたちがなにやらイベントに参加していたり……。

 日本から初めてロサンゼルスに来た社員の方達は、「とてもロスに居るとは思えない」と、ぶーぶー言っていたが、日本に居ると当たり前の折り紙や、うちわ等が飛ぶようになくなり、少し驚いていた様子だった。一番欲しがってたのは、年老いた日系のおじーさん、おばあさん。その次が両親のどちらかが日本人の子供。そのまた次がアメリカ人の子供かなー。あと、紙風船とか、口で吹くとピロピロ音がしながら、ストローみたいのが広がっていくやつが大人気。実は、これはアンケートに答えた方に無料で差し上げるっていう品物で、そのアンケート係を私もしたのだが……これが、涙でしてねーーーー。 欲しがるのは、大体、老人か子供でしょ。でも、老人の方は、アンケートの字が小さくて良く見えない。そのうえまた山のような質問の量。いっぽう、子供は字が読めない。もー大変。親が一緒に付いてきてる子供はまだ救いがあけれど、老人の方はそうもいかない。でも、すごく欲しがっているのがわかる。紙風船とか、折り紙とか……。企業の人からは「アンケートに答えないんだったらあげないで下さい」とか非情なこと言われちゃうし……。こっそり、あげたりしちゃったけど。結局、そのポジションは辛いものがあったので、何げなく企業の人に代わってもらってしまった。私にゃー、あんなつらい仕打ちはできーーーんって、感じ。

 でも、お知り合いもできたし、楽しかった。改めて日本の文化を見直した。それに、やはり東京の人はテンポがはやく、頭の回転もいいなと感じる。しかし企業戦士の彼等を見て、私は今回どっちかっていうと「なぜこの人達、こんなに身を粉にして会社の為に尽くすんだろー」って、ちょっと違和感を覚えた。朝から夜中までどっぷり会社暮らしみたいで、個人の生活とか、ないのかなーって。なんか大切な物、どっかで失ってしまってるんじゃないだろうかって。でも日本の社会って、そういう事気付きにくい社会構造なんじゃないかなって。異国にいると、自分の国がかえって冷静に見られるのかもしれない。


アメリカ/ロスアンジェルス(LA駐在FDI・みゆき特派員)10/23/98up
実はこの辺、結構温泉たくさんあってどれを紹介しようか困っていた。しかしてっとり早く、自分が体験した温泉が一番かなと思い、とりあえず体験しに行ってみた。
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98年10月中旬/私が体験したロサンゼルス近郊の温泉は、LA中心から車で1時間半ほど東へ行った、“パームスプリングス”という所。知る人は結構知っている冬のリゾート地だそうで、ハリウッドのスターなども、別荘をこの辺に持っている人が多いそうである。そういえば、道路の名前に「フランクシナトラ」とかいう道路があった。なぜ冬のリゾートかというと、この辺は砂漠地帯で、冬はそれこそとても暖かいらしい。ゴルフ場とかも豊富にあり、日本人駐在の方の接待にもよく使われらしい。そんな訳でここパームスプリングスは、お金持ちの集まるお洒落なリゾート地のようでーー。そんなお洒落な所に温泉があるという情報だけで、私は夫婦ともに「温泉、温泉」と、イソイソしていた(実は私だけだったか?)。シーズン中は宿泊代金もめちゃ高ということと、その日は丁度、独立記念休日(7月4日)ということでどこも遊び場はめちゃ混み。でも、季節はずれのパームスプリングスなら、人も少なさそうだし、宿泊料金とかも普通のお値段でしょう、と、日帰りでも行ける所にタオルと水着を持って泊りでお出かけと相成った。

 私ら夫婦、アメリカに暮らしてはいても、特に私は普通の日本人と同様に温泉が大好き。あの、温泉街に近づくと鼻にツンとくる硫黄の香り。どこからともなく聞こえてくる下駄の音。ちょっと、坂があったり下に川が流れてたりして浴衣姿のおねいさん達とすれ違ったりしたら、もう気分はハイテンション。天気は雨だろうがくもりだろうが、温泉の湯気がたち込めていれば何でもよし。旅館のおかみさんが、「いらっしゃいませーーー」って、ちょっと厚い化粧で出てきてもスリッパ揃えてくれたりすると、もうとろけてしまいそうになる。そして、はやる心を押さえつつ、あの独特の温泉マークをキョロキョロ探し、いざ、お風呂へ!! となるのであったーー。

 で、そんな気分を少しでも、イエ、1/10でもいいから味わえたら、と無理を承知で、LAの摩天楼を背にハイウエイぶっ飛ばして、灼熱のパームスプリングスへと向かった。まあ、無理であろうという事はわかってはいた。あの、温泉街の情緒を味わおうなんて、、、。日中、パームスプリングスは45℃位あった。お風呂の温度ではない。カンカン照りの中、いきなりお風呂も何だろうという事で、砂漠にだけ住む動物を集めた砂漠動物園らしき物があるという事で、ひとまずそこへ。いやー暑い、暑い。暑さのせいで見間違っているのかなーーなどと思える程、ちょっと不気味系の見た事のない動物さん達がウジャウジャ。その後、あまりの暑さに、涼しくなってから出直そうという事で一旦、宿泊先へ非難。まったく温泉街に来たなんて思えない陽気。 

 陽がとっぷり暮れて涼しくなってから、「さーーーーー温泉だーー!」と、タオルと水着を持ってのお出かけ。水着を持つというのがこちらの悲しいところ。でも、こちらの習慣では公衆の面前で裸になるのは許されないので、温泉といえども水着着用は必須。まーー日本でも、混浴の露天とか、水着着用のとことかよくあったしなーー、と自分をなぐさめ、心は硫黄の香り。

 お風呂の前に気分を盛り上げる為、めったに行かない寿司屋へ。板前さんに、トロとか、ハマチとか頼んで、あーー私は日本人、と浸りまくる。寿司はどうでもいいうちの旦那さんは、冷やし中華で御満悦。まあそんな事はどうでもいい。板前さんの「温泉に来たんですかー? めずらしいですねーー。あそこはちょっとさびれてますよー」という言葉を背に寿司屋を後に。「さびれてるなんて、まー、いーじゃない!」と、おもいきや……。

 寿司屋から温泉までは車で20分位。その間の道は、思いっきり砂漠。赤土の風景。遠くにポツンと街が見えて、ところどころ枯れ木みたいのがあり、石がゴロゴロ転がっててー。それでも私は、あーーいいじゃない、いいじゃないと、ウキウキ。温泉まではちょっと坂を登るカンジ。アラー、これが情緒っていうものかしらーーー! でも、いっこうに温泉の匂いがしない。外は暑いっつーのに、窓を開けてクンクンしてみる。匂わない……。温泉だけ入らせてくれる穴場の筈。他ではマッサージや、カイロプラティックなどがセットになってて、刺青の入った白人のハリウッドあがり系が煙草を燻らして、サングラスしてゴロゴロしているらしい。で、選んだのがこの温泉屋だったのに。でも……うーーーん。イメージが違う……。とにかく匂わない。柵ごしに外から覗いて見る。プールと室内プールが、ひとつずつ。確かにさびれている。情緒のあるさびれ方ではなく、ただ古い。ちっちゃい扇風機がブンブンうなっている。そのさびれた温泉プールに良く似合いの大正末期頃に花だったかなーと思われる、受付のおばちゃんに聞いてみる。
私:「これ、温泉??」
おばーちゃん:「そーーじゃよ」
私:「でも、硫黄の匂いみたいのないよ」(あくまで、硫黄の匂いにこだわる)
おばーちゃん:「あーサルファー(硫黄)ねーー。ここは、あんまりきつくないんじゃよ。昔はちと匂ったけどねー」
私:「でも、なんか、普通のお水みたくない?」
おばーちゃん:「外のプールは水じゃ。中のは温泉じゃよ。水で薄めてあるけどな」
私:「ふーーん 、、、、、、、、、、、」
おばちゃんに「もうすぐ閉まるよーー」と言われ、せっかく来たのだからと、試しに温泉とだいうプールでチャポチャポ。うーーん。ただのぬるま湯プールだなーーこりゃーーーという感じ。情緒もへったくりもあったもんじゃない。失敗したかなーーーと、ちょっと思う。まー、おばーちゃんや、後ろでうなってた扇風機がなかなか情緒あったから、まー、いっかーーーーー。と、自分をなぐさめる。それにしても、、、もーちょっと、なんとかして欲しかった、、、。

 と、こうして私の温泉体験が終わったのである(と、突然終わる)。あくる日、灼熱のパームスプリングスはさっさと抜け出し、はやりのアウトレットモールへ。この時は既に、温泉に来たというよりも、「いやーーーあじがったーーーー」と、何のことはない、ただの地獄の砂漠体験に変わっていたのであった。涼しいモールの中で思った。「温泉は他にもたくさんあるみたいだし、きっと気に入るいい温泉があるに違いない! 行った所が間違っていたのだ! 今度は、もっと自然の温泉を目指して頑張るぞー!!」と。今度こそ、温泉情緒を硫黄と共に味わうぞーーー!! 懲りてたまるか、エイエイ、オーーーーー!

そしてアメリカの温泉レポートは続く(たぶん)。でもやっぱり日本の温泉みたいなのはアメリカにないのだろうなー……。そういえば、みゆき特派員と知り合った掲示板でこのあいだ、カナダの山の温泉は10年ぐらいまえはほとんど人がいなくて秘湯ぽかったけど今は芋洗い状態っていってましたな。温泉探検家・みゆき特派員、今後も頑張ってください〜〜〜!(by sesami局長)


アメリカ/ロスアンジェルス(LA在住・FDI/みゆき特派員)9/16/98up

(98年リアルタイム情報・LAの現実)
 ロサンゼルスに憧れる皆さん。LAへのイメージとはどんなものでしょう? サンサンと光輝く太陽。はちきれんばかりの肉体美を惜しげもなくビーチにさらす、青い目のおにーちゃん。金髪のおねーちゃん。ハリウッドスターにビバリーヒルズの豪邸。何だか、身も心も身軽になれそうな地、、、。カリフォルニアン・ドリームの世界! と、思われがちですが、現実は貧しい移民の急増中の街なのであります。夢の世界はビーチとハリウッドあたりまでが限界。それ以外は一歩足を踏み入れるとアメリカではなくなる地がいくつもあるのです。実際、他州のアメリカ人はカリフォルニアはアメリカではないと言い切る人もいます。あそこは、カリフォルニア国だと。それを顕著に現わすのがLAという街です。

 ビーチの世界とは裏腹に、祖国を捨て生きる為に生活と戦っている移民達。そのパワーを私が一番感じたのはベトナム移民で構成された街、リトルサイゴンです。LAダウンタウンから車で南へ30分程のウエストミンスターは、別名リトルサイゴンと呼ばれ、ベトナム戦争の申し子ならず元ボートピープルの方達が作り上げた街です。
 街の至るところには奥深い意味の名前が付けられており、「New Hope(新しい希望)」という道路名等があり、戦争を知らない私には感慨深いものでした。この街では、安価でおいしいベトナム料理はもちろんの事、ベトナムの食品、物品その他もろもろを入手する事ができます。一歩足を踏み込むともうそこはベトナム。レストランのメニューもベトナム語だけなんて当たり前です。“エスニック”なんていうとお洒落なようだけど、あの街には移民達のみなぎるパワーがひしめいており、ここはどこだーーー!? と一瞬自分がどこにいるのかを忘れてしまうものがあります。

 その他にも韓国、中国、メキシコ等など、真っ青な空の下にはこんな秘境な一面もあるのかーーと思わせてくれるのがLAの真の姿なのです。


アメリカ/ロスアンジェルス(LA在住・FDI/みゆき特派員)9/7/98up
ロスアンジェルス発あざらしゴロゴロ情報!
サンフランシスコとロサンゼルスの間の海岸線の中間あたりに、野生のあざらしがゴロゴロゴロゴロゴロ、海岸中を埋め尽くしている浜辺があります。見たのはこちらの5月頃。夏もいたのかなー。でも、鳥じゃーないし、そう簡単には、移動できないですよねー。“渡りあざらし”なんて聞いたことないし。砂浜掘って、“夏眠”なんて。ないですよね。
※また、別の方の現地情報によると……
「カリフォルニアの海流は北から流れてくるそうです。サンフランシスコ近辺の海は年中冷たいです。また、サンフランシスコには1年中あざらしゴロゴロどんぐりこーですよ。」
知られざるホットなあざらしゴロゴロ情報をお届けしました。今後も、LA特派員の北米通信に請うご期待。9月現在、LAは気温40度ぐらいだそうです。焦げつきそうな日々を過ごしている特派員にエールを!


カナダ/バンクーバー(俳優・時任三郎特派員情報)6/18/98up
 ※時任氏ご本人から当コーナーに直接投稿をいただいたわけではないのですが、掲載についてはご本人の了解済みであります。
  時任氏のホームページの質問コーナーで、私(sessami)の質問にお答えいただいた内容です。ガセネタではありません。
  この場では私が代筆して述べております。6/23からはシーカヤックで1カ月間旅に出るそうです。
98年6月バンクーバーに滞在中の時任氏に「バンクーバーで一番おいしいと思った食べ物(料理)は何ですか?」とうかがってみた。そのお答えは「マツタケ」だとか。日本のものより香りは少ないが、とても大きくておいしいとのこと。現地のお知り合い、DOUG氏はマツタケのスペシャリストで、彼と一緒に秘密の場所へ行くと100本、200本という単位でそこらじゅう採り放題だとか。DOUG氏はビン詰めにしたり、冷凍にしたりして一年中マツタケの味を楽しんでいるそうだ。時任氏いわく、「採れたてのマツタケをすき焼きやナベにして食べると最高!」。いいですねー。でも観光コースでは行くことが出来ないし、時任氏もまだ一回しか行ったことがないとか。カナダの味覚がマツタケとは、意外なのでした。


アメリカ/ニューヨーク(FDI/マリアン特派員)
97年、仕事でニューヨークに行くことになった。アラブならおまかせの私だけど、アメリカこそ未知なる秘境である。メンバーたちの前で「ニューヨークってアメリカのどのへん?」と言ったら笑われてしまった。あの一言が長いこと語り草になってるらしい。こんな私って変?


カナダ/バンクーバー(FDI/sesami特派員)
sesamiの友人であるハルが、バンクーバーの「亀井寿司」という寿司屋に勤めている。バンクーバーに行かれた方は是非ここへ立ち寄り、彼女が早くパソコンを買って日本と通信ができる環境を整えられるよう、彼女にチップをはずんでいただきたい。ちなみに彼女は木村拓哉を女にしたようなやつ(残念ながら人妻)である。真偽のほどは実際にお確かめいただきたい。もし彼女に会えたら、「インターネットで見てここへ来ました」とお伝えください。


カナダ/ジャスパー近郊(FDI/sesami特派員)
92年、キャンピングカードライブ中、初めて電気も水道もないキャンプ場で過ごす。タンクに水の蓄えがあってよかった。ごみ箱の「熊注意」の看板におびえつつ火をおこし、石狩鍋を野外で食べる。あんなに深い闇は久し振りに経験した。天の川がくっきり見え、星が落ちてくるほどたくさん見えて圧倒されたが、あの時ほんとに熊は近くにいなかっただろうか……。


カナダ/ホワイトロック(FDI/sesami特派員)
92年、キャンピングカードライブの最終日、アメリカとの国境に程近いホワイトロックの海岸へ出る。なんていうことのない海岸だが、海沿いを列車が走る、気持ちいい眺めの所だった。朝方に潮が引いた浜辺を、カニをさがしたりして桟橋の果てまで歩き、旅の終わりを惜しんだ。


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