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F.D.I
本局総指令部情報
(Japan)-2001


2月

新大久保探検隊〜チュニジア料理の会の夕べ〜(2/23) 

 久方ぶりの「秘境女の会」会合はチュニジア料理の店、『ハンニバル』にて。オーナーシェフはモンデールさんというチュニジア人とのこと。知りあいにこの店の噂を聞いて昨年から行ってみたかったのだが、大勢で行かないと割高とのことだったので、大勢で行こうと思っているうちメンバーの都合が合わず今日に至ってしまっていた。そもそもは新年会をするつもりだったのだ。まあともあれ、2月末にようやくほどほどの人数の出席がほぼ確実となったので、久々に新大久保へと繰り出した。

 出席特派員:最近固定してしまったメンバー陣は、私sesami、会長MUGICO、まさみ、リンムー、KUMI。マリアンは出張仕事の余波で急きょ欠席。KUMIの知り合いでチュニジアに行ったことがあるという看護婦さんが来たがっていたそうだが、お仕事のため来れなかった。今度ぜひおいでくださいまし。

 お店は新大久保の駅に近いのだが、あやしいエスニックレストランが続く細い道の奥にある。地下への階段を下りていくと、チュニジアンブルーの鮮やかな扉が。店内は白とブルーを基調とし、カラフルな絵皿や小物を壁に飾り付け、上品な感じだ。このあいだテレビでチュニジアをフミヤが旅する番組があったが、そのなかで紹介されたレストランもこのような感じのインテリアだった。シェフのモンデールさんは、陽気な人。最近「笑っていいとも」に出ていたと、せいか特派員がこの間メールで教えてくれたが、そのとき“シェフはハンサム!”とあった。厨房に近い席だった我々に、モンデールさんが「本とか見て来たの?」とカウンター越しに声をかける。友人から教えてもらって、と私が答えるついでに、まさみ特派員が「シェフがハンサムって噂も聞いたよ」と言う。ここを教えてくれた友人はオーナー夫妻と親しいようだったので、それからモンデールさんはすっかり私たち一行にもタメグチをききはじめる。「ハンサム」と言われ気をよくしたのもあるかも(笑)。でももともとそういう陽気なキャラクターの人のようだ。

 店員はオーナー夫妻のみなので、満席だとけっこう忙しそうだ。ときにはモンデールさん自ら料理を運んでくる。我々はその日、まさみ特派員が昨年11月に行ったペルー旅行の写真を見せてもらっていたので、ときどき写真を覗き込んだりして、モンデールさんはお茶目なコメントを。とくに、パン屋になぜか貼られている色っぽいおねえさんのキャンペーンポスター(セクシーな格好でパンを持っている)は、彼にもうけていたりして……。

 まさみ特派員恒例の異国のホテルのベルボーイとのツーショット、ペルーの遺跡や街中の写真に混じってリャマの写真がたくさんあったが、リャマは大人しそうで、可愛い。まさみ特派員がずっと見ていてもほとんど動かなかった、ということで、「リモコンで動いてたりして……」という話題に(掲示板ご参照)。

 料理はおいしかった。コース料理のほうがお得とのことだったので、魚とチキンの丸焼き、クスクスなどが付いたコースを頼む。食べ物は無駄にしないのが信条の我々は、魚もチキンの丸焼きも、ネコが食べたように、きれ〜いに食べ尽くした。アルコールが飲める者はチュニジアビールやワインをちびちび飲む。その日の出席者で一番いける口なのは私とまさみ特派員。私はややセーブして飲んでいたのだが、まさみ特派員、絶好調でワインのデキャンタを追加。「グラスはいくつお持ちしましょう?」と聞かれ、爆笑し言葉に詰まる我々であった……。結局ふたつ持ってこられたグラスはまさみしか使わず、そのうちさげられてしまった。

 その日、リンムー特派員が持ち出した話題で面白かったのが、“自分の一番最初の記憶”。「みんなはどう?」とリンムーに聞かれ、オチを知らぬままにそれぞれ答える。KUMI:バースデーケーキが食べる前に落ちてぐちゃぐちゃになってしまったときの色や形の記憶。まさみ:(えーとなんだっけ;私)歌を歌ってもらったことだったかな? MUGICO会長:保育園に預けられて、お母さんが行ってしまって泣いたこと。私:はっきり最初とは言えないが、社宅の外階段を転げ落ちたこと。もしくは社宅で開かれた運動会で、出し物用に月光仮面の扮装をしたおじさんを見たこと。などなどと一同答えたあと、リンムーがその種明かしをする。「幼児期の最初の記憶は、その人が職業を選ぶときに何かしら影響を与えているっていう説があるらしい」。そこで各人の答えに戻ると、KUMIの場合は色や形を覚えている:=現職のデザイナーに影響あり? という感じ。MUGICO会長の場合は、“母性に関する職”? 確かにそういう仕事は今しているかも。問題は私だ。そのシチュエーションでなぜ看護婦にならなかったか? また、職業の願望が月光仮面ってどう解釈すればいいんだ。大人になったら変身したかったとか? 「芝居、物語創作系か!?」とMUGICOが分析する。また、私が「そういえば階段から落ちたとき、おもちゃの刀を腰に差してて、それがつかえたんだっけ……」と口にすると、「刀で階段落ちって、蒲田行進曲か!?」とMUGICO、爆笑。うーむ。

 だけど子供のころの記憶って、楽しかったことより痛かったことや悲しかったことのほうが強烈に覚えているよね、どっちかというと。だからって職業がそっち方面に偏るってこともないでしょうけど、飲み会ネタとしては面白いかもね。リンムーによると解釈不可能な答えも相当あるらしい。
 それからしばし、「じゃあ最初になりたいと思った職業は?」という話で盛り上がる。先生、獣医、味噌屋(近所の味噌屋さんの味噌がおいしそうだったからとか)、漫画家2名(私含む)、などなど。そのなりたかった職業についている者はいなかったが、成長するにつれそのつど夢は形を変えていったよねえ。

 お腹一杯食べ、帰ろうとすると奥さんがデジカメで記念写真を撮ってくれる。ホームページにお客さんの記録を載せるのだとか。正体ばれないよう小さくしてね〜。
 店を出て、あやしい路地裏のエスニックレストランの数々に気を引かれながら、またこの界隈を制覇しようと相談する。

 その夜、“子供のころの最初の記憶”についてもう一度考え直してみた。あれがほんとうに最初の記憶だったのか、疑問だったので。母が付けていた育児日記まで持ち出してみた。1歳11ヵ月のときに母方の田舎、能登へ里帰りしたというときの、もちつきの記憶はある。確か“なまはげ”が脅しにやってきて怖かったのもそのときのような覚えが。この記憶が最初かな〜。でも里帰りはこのとき以降も数回したはずだから、そのあとのことかもしれない。もしくは、これか!? “2歳の誕生日、ケーキでお祝い。「もういらないの?」と聞くと、「食べるよ!」と答え、みんなと同じだけ食べきった”。うーん、なんかこれは覚えてるような。バタークリームのケーキだったからくどかったんだけど、バラの飾りの乗ったところが食べたくって取ってもらって、お腹一杯で気持ち悪かったのに食べきった覚えがある。こう考えてみると、私の最初の記憶は食べ物のことだろうか。昔から食い意地がはっていたようである。食べることが職業……ある意味ではあたっているかもしれないなあ。
 さて、みなさんの最初の記憶は?

(2001.3/7Up dated)


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